カテゴリー「歴史・史蹟」の427件の記事

旧約聖書 滅亡の街の真実

宇宙を主なテーマにしたNHK番組で「フロンテキア」があります
BS4Kで見ると画面がとてもきれいで
私のお気に入りの番組です。
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今週は、考古学の発掘調査の場面から始まりました
発掘調査地点は
旧約聖書に、街が一瞬にして消滅したというソドムの街の候補地です
創世記19章24節には、「主は硫黄と火とを主の所すなわち天からソドムとゴモラの上に降らせて」と書かれています

発掘された土器などから一瞬の高温で溶けたなどから
隕石の空中爆発が推定されるというものでした
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場所は中東ヨルダンです
番組を見ながら
地図を確認しました
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マップで遺跡の概況がわかります
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異分野の連携で真実に迫ろうとする。
面白い番組でした。

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浄土式庭園の史蹟

学生時代に鎌倉市の永福寺(ようふくじ)跡と出会って
浄土寺院に設けられた浄土を表した庭園(浄土式庭園)に興味を持ちました

第1世代
(奈良時代)阿弥陀浄土院跡
第2世代
(平安時代)鳥羽離宮跡、平等院など京都浄土寺院
第3世代 京都を模した奥州藤原氏関係
(平安時代)毛越寺、無量行光院など平泉の諸堂、白水阿弥陀堂(いわき市)
第3世代 平泉を模した鎌倉
(鎌倉時代)永福寺、称名寺など鎌倉を中心とした地域

浄土式庭園は、権勢者の変遷とともに時と場所を移動しました。
永福寺は、源頼朝が奥州藤原氏を滅ぼし、合戦における怨霊・英霊をを鎮め
冥福を祈るために建立しました。
平泉の大寺院の威容に目を奪われた頼朝の
勝者としての総仕上げの事業でした。

永福寺は浄土式庭園の終着点と思っていたのですが
2022年の「永福寺と鎌倉御家人」展で
永福寺式瓦が東国各地に広がっていったことを知りました

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樺崎寺跡(足利市)

足利市にある国指定史跡の樺崎寺跡は
浄土式庭園です。
足利氏2代の足利義兼が創建しました
義兼は頼朝のいとこで、北条時政の娘と結婚しています
奥州合戦では、頼朝に従って平泉に行き
平泉の威容に感激して、模して建立しました
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復元整備は、創建時ではなく南北朝時代の状態になっています

中島
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鎌倉時代の創建時は、この半分くらいの大きさです

向こう岸(彼岸)は一段高い場所に堂舎が建っています
階段がります
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中島正面の堂の礎石
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説明板では「多宝塔」となっています
供養塔覆い屋などがあって
本来、阿弥陀堂が建っていてよいのでしょうが、ありません

御廟跡
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頼朝の永福寺は、合戦に倒れた人々の供養が建立の目的でしたが
ここは足利氏一族の供養が目的のようで
天下人とは建立目的に差を感じました。

岬です
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岬は創建時からありました

此岸の立石
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平泉の毛越寺をちょっと連想します

池の取水口の一つ
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橋がかけられています

もともと浄土式庭園は、特定の個人、氏族の供養から出発して
頼朝は天下の供養を掲げましたが
ここは一族の供養です
浄土式庭園の先祖返りなのかもしれません。

永福寺もそうですが、復元されてかつての姿がしのばれるようになりましたが
草むらの中に礎石が転がり、池の汀の線が痕跡をとどめていて
『夏草や、兵どもが 夢の跡」の雰囲気の方が私は好きです。

ですが、素晴らしい庭園跡には間違いありません。
(3月22日訪問)


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法隆寺若草伽藍跡の発掘

聖徳太子が建てて焼失した法隆寺の跡
旧法隆寺=若草伽藍です

塔の中心の礎石(心礎)が境内に残されています
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なんとか一目見たいと思ってますが、
残念ながら果たせていません

去年11月に塔心礎あたりの南側を通行した時
発掘調査をしていました
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瓦らしきものが掘り出されていました
「若草伽藍の伽藍の屋根瓦だろう」
と、思って見ていました

今月に入って発掘調査が終わったのでしょう
写真が公開され「若草伽藍の南限の溝」との発表です
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「思っていた通り若草伽藍だったんだ!」

それはそれでよかったけれど
若草伽藍の塔心礎を見たい!
その気持ちが益々高まりました。

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安土城発掘調査報告会

今日は、安土城跡発掘調査成果報告会を聴講に行ってきました
会場はオリンピック記念青少年総合センターです。
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会場は満員でした。

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昨年、安土城跡へ行ったときに発掘調査をしていた場所の
発掘報告の発表でしたので、
現地をわかっていましたので、説明がよくわかりました

発掘調査報告の次に
「本能寺の変以後の安土城と織田家」の講演もありました。
清須会議以後の織田家の知らなかった経緯が出てきて
新たな知見を得ました。

オリンピック記念青少年センターは
オリンピックのボランティアの説明会があった時以来で
同じホールでしたので、その時のことを思い出しました。

ホールから見た新宿
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この眺めが好きです。

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NHK歴史探偵 浜離宮庭園

今日の放送は「大名庭園」でした。
番組の中で紹介された浜離宮で
「将軍専用埠頭」が紹介され、
江戸城から将軍が船でここに着いて遊びました。

ここは将軍専用ですから、
将軍以外のお付きの人たちは、他所へ回りました。

『大名庭園はテーマパークだった』というテーマでしたので
楽しい場所としての紹介でしたが、
現地へ行くと説明があるのですが、
最後の将軍・徳川慶喜が明治維新の戦いの中で
大阪から江戸へ船で逃げ帰った時に上陸したのが
この埠頭(将軍おあがり場)です。
無理やり付き合わされた松平容保は、
ここで降りることはできず
数十メートル離れたところから降りました。
(容保の気持ちはいかがなものだったか?)

テーマが「江戸時代のテーマパーク」でしたから
将運の負の歴史には触れませんでしたが、
一言あっても・・・・。無理だったかな?

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長岳寺

大和神社の旧地ではないかとの説もありますが、
大和神社の神宮寺であったそうです
近くの古墳を見に近くまでは何回も来ていましたが
ようやく訪問することができました。

龍王山の古墳群を見るのが優先でしたので
奥の院に先に行くことになりました
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水源と言っていいところにあります

山を下りて本堂へ
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日本最古(平安時代)の鐘楼門
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阿弥陀三尊 平安末期(1152年)の作です
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玉眼を用いた仏像としては日本最古
脇侍は半跏椅座像 珍しいです

地獄図(写真版)をじっくり見たまでは良かったのですが
古墳の石棺を使った石像を見るのを忘れてしまいました。

まあ、また来ます。

 

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大和(おおやまと)神社

古墳時代には宮中で祀られていました。
その後、宮外に祀られました。(時代は同じ古墳時代)
同時に宮の外に出た伊勢神宮は全国区となりました

村の鎮守のような雰囲気
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創建時の立地ではないことが明らかです
遷ってきたことは確かですが、時期はわかりません
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山上憶良が遣唐使の航海の安全を祈った神社ですが
それは旧社地ですので、ここの場所ではないでしょう

艦大和に分霊されて祀られたということで
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戦艦大和関連展示室はありますが
参拝したのが午後5時近くで閉室となっていました

祖霊社
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戦艦大和の戦死者を祀っています
(「殉死者」という言葉は使いたくありません)
深く頭を下げました。

 

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「おん祭りと春日信仰の美術」展

奈良国立博物館で開かれていました。
おん祭りは若宮社の祭礼です
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御葢山に登拝しましたので
春日大社について多くのことを知りたいと思っています。

御葢山は周囲の山より低いので
絵画ではどのように描かれているのか?興味がありました
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表現の仕方に納得できました。

実は、この特別陳列より「珠玉の仏教美術」で展示されていた
長屋王願経に目が引きつけられました
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長屋王は、藤原氏の謀略によって、自害に追い込まれました
歴史書で、その存在は知っていましたが、原品を見て感動しました。

翌日に行われた、御葢山登拝の後の二次会で
この感想を語ったのですが、
春日大社の神職の前でしたので、今思うと、ちょっと場が悪かったと反省しています。

(1月8日 見学)


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嘉例の本宮登拝(春日大社)

1月9日 奈良市の御葢山に登拝しました。
昨年9月に続いて2度目です。
杖をいただき、祈願串に願い事を記入します
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摂社と本殿に参拝した後
本宮遥拝所から登ります
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中腹には「内務省 天然記念物指定」の石票があります
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山頂の本宮の石票
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山頂の本宮で神職が祝詞と一人一人の祈願を唱えます
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神職から修験道に代わって、般若心経を唱えます

下山してから、祝詞を9回唱え、神符を授かって
直会に臨みます。

その後、私は二次会に誘われました。
奈良の歴史などに話が及び、楽しい時間を過ごしました。

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