カテゴリー「上空1万メートルから」の19件の記事

オーロラに送られて ワールドカップ’15ツアー終了

ヒースローをたって帰途、ロシアのサンクトペテルブルグは、すっかり夜でした。

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この後、飛行機の窓は閉めることになるのですが、少しだけあけて見ていました。
白く大きなものが・・・・雲のはるか上空に、広がっているのが目に入ってきました。ゆっくりと揺れています。ところどころ光が強いところがあります。“オーロラ”に違いありません。
念のためCAさんに訊きました。『オーロラですね。反対側は星空がきれいに広がっていますよ。」との回答。隣の席で眠っている佐藤さんは起こしませんでした。何しろ4年前のニュージーランドへ行った時、「赤道越えだよ。」と眠っているのを起こして不評だったからです。
しかし、CAさんとの会話で目を覚ましたようです。暗い方を見続けて目を慣らしておかないと見えないので、果たして見えたのでしょうか?

シベリアに入るあたりまで見えていました。

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飛行機は、その後急速に日の出を迎えます。

オーロラに送られて感動と勝利を味わった’15ラグビーワールドカップツアーは終わりました。(年内に締めくくれてよかった)

 

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上空から見た津波被災地

7日の帯広出張は、体調がすぐれず正直な気持ち家でゆっくりしていたかった。
航空便の左側座席をとって雪雲が山脈で止められているのを見たかったのですが、予約が遅かったので右側しか空いていませんでした。皆さん考えることは同じ?右側からは太平洋しか見えなく退屈かと思っていました。

離陸して筑波山が眼下に見えました。そのまま太平洋に出るかと思ったところ、そのまま北上しました。福島空港が見えたので福島第二原発はどこ?と見やりましたがわかりません。

そして相馬市が見えました。

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「東日本大震災で大変だっただろう」と思いながら見ていました。

少しの間、海しか見えませんでしたが、次に半島が視野に入ってきました。牡鹿半島しかありません。ということは手前が松島・・・・自衛隊の東松島基地の滑走路が見えます。海からの近さを実感します。

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写真右下が松島湾 左上に石巻の港と町(雲に少し隠れています)

気仙沼市 

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ここにきて海に近い地域が空き地になっているこに気づきました。津波の犠牲となった方に手をあわせました。

大船渡市

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釜石市

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想像していたより町は大きくありませんでした

大槌町

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宮古市
湾の奥もやはり空き地になっていました。

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被災地が次から次へと目に飛び込んできました。
飛行機は宮古から太平洋に出ました。

国土地理院の津波被災状況の写真展示などを見ていましたが、思いがけず自分自身の目で見ると胸に迫ってくるものを感じます。あらためて犠牲になられた方のご冥福を祈ります。

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青森県 尻屋崎 (会津 斗南藩)

東京から飛行機で北へ行ったのは久しぶりでした。青森でも新幹線の方が便利です。さすがに札幌は飛行機です。
梅雨時で青森まで雲を下に見て飛行していましたが津軽海峡に出る手前でようやく雲が切れました。
眼下に見えたのは尻屋崎・・・・・下北半島の東北端に位置します。

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写真の左が北・津軽海峡、写真上は太平洋になります。
緑に覆われていますが、冬は厳しい環境に置かれるのでしょう。眼下に見える地は、戊辰戦争の後、会津藩が移された斗南藩の一部です。
上空から見ると、激動、厳しい環境というのは見えません。

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飛行機から見た仁徳天皇陵古墳他

先月はじめて関西空港を利用したと思っていましたが、思い出してみるとニュージーランドへ行くときに一度寄っていました。ですがツアーでしたので座席も指定できませんでした。上空から地上の景色をじっくり眺めたのは今回が初めてでした。

関空から羽田行きのフライトです。離陸して大阪の中心部から神戸へ旋回して関空の上空近くに戻ってきて羽田へ向かいました。
羽田へ向かって左側です。最初に飛び込んできたのが伝仁徳天皇陵古墳(中央)

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百舌鳥古墳群です。堺市役所の展望台から見たり古墳群を巡ったことを思い出しました。

続いて古市古墳群です。

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一番大きいのが伝応神天皇陵古墳、左に少し離れて伝仲哀天陵古墳など、古墳時代の最盛期を見ながら飛行機は進みました。

名古屋を過ぎると、すぐに富士山が見えてきます。江戸時代のこと、名古屋から富士山が見えるか話題になったそうです。東の方角に僅かに白い頂が顔をのぞかせている山が富士山ではないか?と、当時は確証がなかったのですが、今では「名古屋市内からは見えない」ことがわかっています。

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近づいてきた雲の上の富士山です。

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伊豆半島の西海岸と富士山です。左上に富士山が小さく写っています。良いアングルだと私は思っているのですが、ブログに載せるために写真を小さくしなければならないのが残念です。

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私の787ファーストフライトでした

12月17日の伊丹発羽田行きANA032便が、遅ればせながら私の787初フライトとなりました。
時間に余裕を持ってゆきましたので空港ビルから離着陸を見ていました。

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787はもう結構あちこち飛んでいるようです。
乗機を狙ったわけではありません。座席予約のときほとんど気にしていなかったのです。が、というより予約が遅かったので気にする以前の話だったのです。

これより前、リニューアルなった大阪駅ビルを見に行きました。屋上に小さな公園や農園まで作られていました。ここから伊丹空港に発着する飛行機が良く見えます。

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飛行機の先、トップが黒い建物は管制塔です。

787は窓のシャッターがありません。スイッチで窓の明るさを調整します。

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初めてですので触ってみました。
座席は窓際をとったのですが、機内番組のコントロールスイッチは座席の右側についていました。左側が使い勝手が良いのですが、コストダウンのためすべて右側についているのでしょうか。
天井が高く感じられ、開放感がありました。

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徳川宗春の墓

今日NHKテレビ“歴史秘話 ヒストリア”で尾張徳川の藩主・徳川宗春が取り上げられました。将軍・徳川吉宗の財政緊縮策に反対し、いわば財政積極策をとったため宗春は失脚しました。
番組の内容は首肯できるものですが、一つ残念なことがありました。

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番組の最後に徳川宗春のお墓が紹介されました。徳川宗春のお墓ほど数奇な運命をたどったお墓も少ないのではと私は思っているのですが全く触れられませんでした。
徳川宗春のお墓は、名古屋の郊外の「平和公園」にあります。徳川御三家筆頭の藩主ですから、本来家格は将軍家につぐものです。菩提寺の建中寺にあるべきものが、戦後の復興計画のもと、移転させられ「平和公園」という集団墓地に移されました。時の流れを感じます。
また、移転前に、第二次世界大戦の空襲で、焼夷弾の直撃を受けました。亡くなってから二百年後に上空1万メートルからの直撃弾を自分のお墓が受けるなど、まるでSFの世界の話のようなことがおきるとは、人間のすべての想像力を発揮しても及びもつかない事だったでしょう。
宗春は二十男に生まれ、御三家筆頭の藩主となり、失脚するという人生も波瀾でしたが、お墓もそれ以上の波瀾の歩みをたどりました。NHKの番組ではその点が触れらていませんでした。

宗春が、吉宗に楯突いたということで、将軍家にはばかって墓石には江戸時代を通じて網をかぶせられ、はずされたのは明治になってからだ。という記述を見ましたが、建中寺を訪ねた際に聞きましたが、「そのような状態を見たという事は聞いておりません。」とのことでした。

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焼夷弾直撃の痕が生々しく残っています。

私がこのお墓を訪れたのは、2008年11月中旬でした。名古屋駅の観光案内所で「徳川宗春のお墓を教えてください。」と聞きましたが、案内所の方は知りませんでした。うろ覚えで「平和公園とかなんとかにあるような・・・・・」と聞き直しました。「平和公園」に墓があるというのがピンとこなかったからです。「平和公園というところはあります。」というので、「ひょっとして、そこは墓地ですか?」と聞いたところ「そうです。」と返ってきたので、「わかりました。」と言ったところ、案内書の人は、ダメを押すように「その人の墓があるかどうかはわかりません。」と。宗春さん、影が薄かった。

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空撮“山口県萩市”

5月5日の福岡行きの飛行機から山口県の萩市が良く見えました。さすがに松下村塾は見えませんが・・・・・次からは飛行機にのる時、双眼鏡でも持って行こうかなと半分真剣に思っています。

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町の西の海辺に(黄色い矢印)指月城の小山が見えます。明治維新の故郷の一つです。飛行機から見ても印象に残る町です。

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活断層は飛行機からよく見える

「富士山直下に活断層か?」の新聞記事がありましたが、活断層そのものは地中ですので、このように精査しないとわからないものがたくさんあります。一方で活断層が、その直上の地表を動かしているケースも多く、飛行機から地上を見ると「活断層がなんて多いのだろう!」と率直に思います。くねくね曲がった地形のそばに、活断層によって切り裂かれたような直線的な地形が合ったりします。いささか不謹慎な言い方をするならば、自然の地形の中に、あたかも人が作ったかのような直線地形があるのは面白く感じられます。

5月6日の羽田から福岡へ向かうフライトは、珍しく山梨→中部山岳→琵琶湖北部→中国山地上空を通るルートでした。琵琶湖に差し掛かるてまえから日本海が見えました。原発銀座を上空から「あの辺だな。」とみていましたら、ちょっとして活断層らしき地形が見えてきました。
この後、機内アナウンスで「後方に天橋立が見えます。」とありましたが、その前から天橋立を探していました。しかし、もやっていてこれまた「あの辺だな!」程度でした。

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その天橋立の手前の活断層(とこの時点で思った)は、くっきり見えて写真に撮りました。黄色の矢印の間の直線的な地形が活断層が地表に表れています。

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帰宅してから、産総研の全国活断層図で確かめてみました。綾部市付近でちょこっと枝分かれしているのも飛行機からわかりました。

日本は活断層列島です。備えは怠らないようにしましょう。

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羽田空港→鹿児島空港・空撮

1月13日の鹿児島旅行では、飛行機の座席を左側の窓の席を取りました。羽田から西へ行くときは右側窓の席を取ることが多いのですが、今回の鹿児島行きでは、鹿児島空港着陸直前に左側からは桜島が見えます。噴火の回数が多くなった桜島の噴煙を上げる火口を見たいと思ったからです。
冬型の気圧配置の時は太平洋側は晴天です。羽田を飛び立ってアクアライン、三浦半島・城ケ島、房総半島の館山に続いて伊豆諸島が見えてきます。

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伊豆半島と伊豆諸島(赤矢印)一番左は大島です。左から二番目(奥)は三宅島です。機内アナウンスで「左手に富士山がきれいに見えます。」とありました。今回は富士山ビューはパスです。

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伊東市の大室山と手前は一碧湖 

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御前崎、浜岡原発はわかりませんでしたが赤い円の辺り。東海地震の想定域の真ん中に原発とは????
手前に大井川、問題になった静岡空港が右端直線になってに見えます。茶色に見えるのは芝生の色なのでしょうか? 

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英虞湾、真珠養殖のいかだも見て取れました。

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紀伊半島の南端の潮岬(赤矢印)、「ここは串本、向かいは大島」の民謡が眼下に広がっています。紀伊大島は黄矢印。
紀伊半島を最後に左側の窓からはしばらく海と雲しか見えません。前に行った時は右側でしたので、室戸岬、足摺岬がほぼ真下に、そして高知が見えましたが、今回は桜島見たさにここは海と雲とお付き合いです。そして九州が近づいてきました。

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手前・宮崎空港そして青島(赤矢印)が見えます。宮崎空港が右に見えるか左に見えるかは、その時のフライトしだいのようです。

都城の上空を過ぎたら、「あらら・・・、肝心の桜島に雲はかかっているは、もやっているは」で、桜島は見えたのですが、噴煙と火口は確認できませんでした。期待外れに終わってしまいました。冬の間、太平洋側は晴れなのでは!とぼやきを入れたくなりました。結局鹿児島にいる間天気は良くありませんでした。

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帰国へ エティハド航空のマイレージ (トルコ世界遺産ツアー 67)

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イスタンブールから4時間20分のフライトで日が沈んだばかりのアブダビ空港に着きました。乗り継ぎ時間は3時間ほどです。ショッピングにはちょうど良い時間です。
免税店での商品についている値札は、ドルと現地通貨で表示ですが、カードで買うとドル-円決済ではなく現地通貨-円決済になります。

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アブダビ空港を発ったのは夜10時25分。機内は往路と同じですいていました。私は通路側の席を取ったのですが隣の窓側の席は空席でした。

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Mさん、ほとんどビジネスクラス状態。お疲れ様でした。

エティハド航空はANAのマイレージにカウントできます。クラスは“J”で成田-アブダビ間が3,516マイル、アブダビーイスタンブール間が1,298マイル。往復トータル9,628マイルでした。

飛行機は中央アジアから中国の北部を通過し、韓国を横切って日本海に入ります。

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隠岐島の上空にさしかかりました。日本に帰ってきました。

飛行機はこの後、日本海側を進み、新潟の弥彦山上空で右旋回して無事成田へ到着しました。

トルコ世界遺産ツアーを最後までお読みいただきありがとうございました。御礼申し上げます。いつの日か、またご一緒できればうれしく思います。


このブログに掲載した以外の写真、ビデオがあります。メールででも送りたいと思っている写真もあります。コメントは連絡用の場合は非公開になっています。鉄女さんのお写真もありますよ。



トルコ旅行の過去記事を読むには、画面右上のカテゴリー欄から“トルコ世界遺産ツアー”をクリックしていただく事でツアーの記事のみが出てきます。

この旅行のビデオは、YouTubeのこちらになります。

http://www.youtube.com/results?search_query=mrsaizenretsu&aq=f

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