カテゴリー「古墳・古代」の254件の記事

「令和6年新指定国宝・重要文化財展」東京国立博物館

昨日、上野の国立博物館へ行ってきました
特別企画の新指定の国宝を見てきました

一番の注目は、船形埴輪と囲形埴輪です
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船の埴輪にもいろいろあるのでしょうが
これは首長層を乗せた 御座船 にあたるのでしょうか
迫力があります

囲形埴輪というのは、ネーミングが良くないと思います
塀で囲まれた家の中で「水を使った祭祀」を行う施設です
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写真右側にあるのが家の中にあるものです
明日香の酒船石を連想させます

秋におかなわれる はにわの特別展が楽しみです

こちらは企画展とは関係なく、プラスアルファです
孝明天皇が乗った輿
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屋形の上は鳳凰になっていません
御所内での移動に使われた輿のようです

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石清尾山古墳群(高松市) 双方中円墳 積石塚

 ほとんどの古墳は盛り土で作られています
石清尾山古墳群の特徴は
石を積み上げて作った古墳です
知識としては知っていましたが、
実際に見ると、その異質さにびっくりしました
さらに、前期の古墳は双方中円墳という独自の形です

鏡塚古墳
全長70メートル 
4世紀前半
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中央の円形部分
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方形部分
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双方中円墳の形が良く残っています


猫塚古墳
全長96メートル
4世紀前半
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円形部分
明治になって「鉱山開発」の口実で大規模な盗掘を受けました
まるで噴火口のように円形部分の中央がえぐられています
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方形部をのぞみます
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こちらも墳形は良く怒っています

この特徴的な双方中円墳は、讃岐の古墳の独自の墳形です

石船塚古墳
4世紀後半
全長57メートル
地域独自の積石塚ですが、ヤマト王権の影響を受け
墳形は前方後円墳になっています
刳り抜き式石棺
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右が棺身、左が蓋になります
棺身には石枕が認められます
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はじめは、棺身が2基と勘違いして
左の棺には「石枕がない」と思っていました

古墳時代前期を俯瞰すると
石清尾山古墳群は示唆に富む古墳群です
この古墳群には15基ほどの古墳があります
今回見たのは、その1/3ほどです
益々興味がわきました





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石舟石棺(高松市石舟天満宮)

四国讃岐の鷲ノ山産の石を使った石棺が
大阪・柏原市に2例あります
百舌鳥古市の巨大古墳に先行して作られました
このことが歴史的に何を意味するのかはさっぱり分かりません
が、ともかく鷲ノ山に行ってみたいと思っていました


柏原市安福寺にある鷲ノ山産石棺
(訪問日2022年1月16日)
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石舟(天満宮)石棺
(訪問日2024年4月12日)
鷲ノ山の麓です
覆い屋で保護されています
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石枕があります
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全体的に風化が進んでいました

石清尾(いわせおやま)石船古墳
(訪問日2024年4月12日)
同じ高松市で石舟石棺からは遠くありません
鷲ノ山産の石棺です
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石棺の側面に加工した跡(突帯)があります
突帯がるのは珍しいです それが
大阪の安福寺の石棺と共通仕様となっています
縄かけ突起の有無を別として
この共通点にちょっと感動を覚えました


それにしても、
近畿の大王墓に先行する古墳の石棺を
四国から持ち込んでいるなぞは深いです

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久本古墳・山下古墳(香川県高松市)

屋島の南
高松茶臼山古墳や
ここに紹介する久本古墳、山下古墳のある
屋島の南地域は
古高松地区と呼ばれ、古来からの高松です
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現在の高松市中心は、
豊臣秀吉時代に生駒氏が城を築いてからの新高松です

久本古墳
6世紀末から7世紀初頭に築造されました
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羨道は消滅しています
玄室は10.8メートルと大きいです
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この古墳の最大の特徴は石棚があることです
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珍しい形態で和歌山県や北部九州の古墳で見られますが
全国的には珍しく香川県では、ここだけです

入口方向です
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今回の旅行で最も見たかった古墳の一つでした

山下古墳
久本古墳から500メートルほど離れたところにあります
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玄室は9メートルと、こちらも大きいです
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石棚はありません
入口方向です
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天井は巨石1枚です
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7世紀半ば過ぎ以降に
屋島に古代山城が築かれたバックグラウンドに
これらの古墳に見られる大和政権による
この地の安定した統治があったとの見方がります。



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高松茶臼山古墳

全長75メートルの4世紀末の前方後円墳です
後円部に竪穴式石室が2基あります
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竪穴式石室を見れるケースは少ないので
貴重な古墳です

盗掘にあっていますが、典型的な竪穴式石室です
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平たい石を積み重ねています
木棺はなくなっています

近くに剝ぎ取られた天井石があります
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第2主体部
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同じく竪穴式石室ですが
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一目瞭然、造りの緻密さが違います

古墳名は地元の町名をつけるものですが、
三つの町にまたがっているので、高松市から名前をとりました

4月11日に訪れたのですが
古墳には着いたのですが、墳丘の登り口が見つからず苦労しました
挙句に、定期券入れを墳丘で落としてしまいました
(帰りのチケットが入っていました)
表面は落ち葉が重なっていて・・・・
奇跡的に発見できました
カメラ以外は墳丘に持ち込まないようにしないといけないと
反省しました。

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(古代)屋嶋城

四国・屋島と言えば、義経の活躍が有名です
その古戦場跡は何十年前かにめぐっています
今回は、古戦場跡を見下ろす古代山城の屋嶋に焦点を当てました
前回来た時は、古代山城跡はまったく未発掘でした

高松空港に着陸する前の機内からも
久しぶりのご挨拶
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天智天皇の代、唐・新羅連合軍に敗れた戦後処理での築城です
当時屋嶋は文字通り「島」でした
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私はてっきり
瀬戸内海に向いた北側が主になって作られたものと思っていましたが
発掘された場所は南側でした
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北側にもあるのでしょうが(未発掘)
主要施設は瀬戸内海を向いていない南側です
比較的緩斜面の侵入ルートを想定したようです
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現在の眼下の風景ですが、当時、手前は海でした

城門
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城門の階段を絵から見た写真です
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階段の下の部分が切り立っていて
排水口があります 赤丸

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攻めては、ここまで寄せても
梯子を使わなければ城門に入れません

天智天皇は、母・斉明天皇のお墓(牽牛塚古墳)を飛鳥に建て
半年後には、あわただしく飛鳥を後にして
防御しやすい大津へ移りました
大宰府の水城を見ると、天智天皇の恐怖感が伝わってきます

ここの城門も、「ここまでするのか!」と、
水城同様感じるものがあります。

訪問日4月11日

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王墓山古墳 宮が尾古墳 香川県善通寺市

善通寺市の古墳は4か所巡りました
(4月11日)
王墓山古墳と宮が尾古墳は、(北部)九州の古墳そのもの
ここが四国であることを忘れるほどです

王墓山古墳
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6世紀前半の前方後円墳です
墳丘には弥生時代の墓が数個あります
見学は柵越しです
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九州の典型的な古墳の
”石屋形”が玄室内にあります
石屋形の例(九州)
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石室内に、いわば部屋を作り、そこに遺体を安置します

王墓山古墳は
この石屋形が正面ではなく左側にあります


宮が尾古墳
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7世紀初頭の円墳です
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奥壁に線刻画があります
こちらも石室内には入れません
奥壁です
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2号墳ともども公園になっていて
横断面のレプリカがあります
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このレプリカで線刻画が見られるようになっています
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一目見てタッチが九州の古墳の線刻画と同じです

壱岐の鬼屋窪古墳の線刻画です
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九州との交流、関係の強さを感じました。

公開日が4月29日です
地元の方にはよいのでしょうが
ゴールデンウイークでは、遠方から見学に行くのはほぼ無理です
善通寺市には一考をお願いしたいです。

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香川の旅 3、4日目

昨日、今日と
お隣の徳島から大学の先輩が来ていただいて
車で古墳をメインに一緒に巡りました。
昨日、夕方ホテルに帰ってきたときに
急にけだるさを感じ、何もせずに寝てしまいました。

一夜明けた今日はすっかり回復し、
再び大学の先輩の車に乗せていただいて巡りました。
レンタサイクルでは巡り切れないところを訪れることができました。
ありがたいことで大感謝です。

それぞれの地域性の影響を受けた古墳をめぐることができました。
濃密な時間を過ごしました。

11日
屋島(古代山城、屋代寺)→高松茶臼山古墳→久本古墳→山下古墳
12日
讃岐国分寺跡→石船天満宮(舟型石棺)
→石清尾山(いわせおやま)古墳群《姫塚、小塚、石船塚、鏡塚、猫塚古墳》
→高松城跡 高松市埋蔵文化財センターは展示替えのため休館中

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東京大和考古学講座 第137回

橿原考古学研究所友の会の東京支部の講座です。
テーマは『あなたは家型埴輪を知っていますか?』です
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橿原考古学研究所博物館で開かれる特別展
『家型埴輪の世界』の責任研究者の講演でした

家型埴輪の名称、制作過程、編年等の解説がありました
詳しい話を聞けてとても良かったです。

前回の三角縁神獣鏡の時の参加者に比べ
今日は満席でした
埴輪への関の高さを反映していました。

 

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雑誌「歴史道」(古墳と古代天皇陵の謎)

「歴史街道」「歴史人」などの似通った名前の
歴史関係の雑誌があります
が、図書館にあれば読みますが、
買うことはありません。
今回出た「歴史人」は、店頭で見て買いました。

古墳と古代天皇陵 という私が関心を持っている特集です
古墳に関しては
入門書としてよくまとまっていてお勧めします
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専門書では被葬者は「可能性をあげて断定はしません」
本書では、説の紹介という形でありますが
小山田古墳は蘇我蝦夷といった形で記しています
雑誌という身軽さを生かしています。
(こういう形を私は評価します)

天皇陵古墳については
幕末から明治初期に指定され
大多数が学問の水準からは、「いい加減」です。
この点を的確に紹介しています

初代天皇・神武天皇(127歳で崩御)の陵についても
3ヶ所の候補地から明治になって指定された事実を指摘しています
古墳でもなんでもないところを御陵に仕上げました
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数メートの盛り上がった土地を
大きく囲って、大陵墓に作り上げました
古墳でも何でもありません
専門家の外池さんが監修しているので
当然といえば当然です

一般には、ほとんど知られていませんが
雑誌という形で広く知られることに期待します

ピラミッドなどは、科学によって解明が進みますが
日本の国としての誕生にかかわる大型古墳の大半は、
学問の対象から外されています。
異常です。
正常な状態に戻して欲しいと願っています。

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