カテゴリー「古墳・古代」の78件の記事

『鏡が語る古代史』読了

古墳時代に欠かせない銅鏡。国内の「伝世」の問題、卑弥呼がもらった鏡は?と言ったことに関心が集中してしまっていました。この本は、中国での銅鏡の歴史について書かれていますので、中国の事情については知識が少なかったので興味を持って読みました。
銅鏡の銘文を丹念に解説してゆきますので、久しぶりに漢文の勉強をした気持ちになりました。銅鏡の銘文を読んでみたいという気持ちになります。
手元にあった銅鏡の写真の解読を試みました。

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この銅鏡の部分です。

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読んでみました。
やはり難しいですが、このように読んでみました。

吾作月竟 幽涷三商

吾れ明鏡を作るに 三商を幽錬す

『私は、この素晴らしい鏡を作るにあたって、三種類の金属を密かに精錬した。』

どこを手掛かりに読むかです。ぐるっと円周に沿って書かれていますので、『竟=鏡』が手掛かりです。文字の一部で省略したり、音を借りて他の文字で表わしたりするので難しいです。定型で始まっているので何とかなりました。

銅鏡が作られはじめたのは、紀元前2000年ごろです。卑弥呼が中国からもらう2000年ほど前です。勿論それ以前に日本には入ってきていました。
銅鏡は、化粧道具として、魔よけとして使われたこと、鏡の価格が下級官吏の給与でも十分買えた価格であること。つまり商品として販売されていたことです。ちなみに鏡に価格が明示されているのは1例のみだそうです。

訪れた古墳から出土した例が多く出てきたことも、読んでいて楽しかった。

三角縁神獣鏡については、“いわば特注の中国製”説をとっています。論考については説得力がありますが、確定には、成分分析などの科学的知見が必要なのだろうと思います。

古代銅鏡を見る楽しみが増えました。それをこの本が教えてくれました。

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保渡田古墳群ー八幡塚古墳ー 群馬県

群馬県高崎市のかみつけの里博物館と保渡田古墳群の八幡塚古墳を訪れました。

かみつけの里博物館

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模型などの展示は丁寧な作りでわかりやすかった。ただ、展示のボリュームは小さかった。

八幡塚古墳(前方後円墳)は、葺石、埴輪、周濠の中島など復元されていました。それぞれのパーツの意義を理解しやすいです。

周堤上の埴輪群

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継体天皇の墓とされている大阪の今城塚古墳とよく似ています。今城塚古墳のほうが規模は大きいいですが、埴輪が作られ、果たす役割が明確です

中島

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祭祀が行われました。ここでは四島あります

後円部の墳頂から階段を下りて埋葬施設を見ることができます。九州の西都原古墳群にも、こうした展示がありましたが、珍しい施設です

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石棺の蓋がきれいに切断されています。写真右側に切断された一方の蓋があります。

古墳の復元は、今では全国に多くあります。ここではこれまでの復元のアイデアが生かされています。

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『古墳の古代史 -東アジアの中の日本』 読了

日本、朝鮮、中国における古代墳墓の共通性と地域の独自性についての好著です。特に印象に残った点を二点あげます。

古代、中国から輸入され、古墳に大量に副葬された鏡

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権力の関係がどうのということに関心がいってましたが、この鏡の輸入と引き換えに輸出されていた品に『人間』が含まれていたことを知り、輸出された人間に思いが至り、私の「鏡を見る」目が今までとは変わりました。

もう一点は、日本の前方後円墳の形の由来です。
「壺形土器をかたどった」という説を、NHKの歴史秘話ヒストリアで紹介していましたが、『ばかばかしい説』と思っていました。

この著書では、“「弥生時代の円形周溝墓に起源があり、円丘墓に付けられた陸橋部分が後方部の起源になった。」のは考古学界の通説になっている。”
もう通説になっているんだ!という驚きがありました。

円形周溝墓とは、土まんじゅうを作る時周りを掘るのですがその溝が360ではなく一カ所土まんじゅうに行く部分をのこす。(その部分を陸橋と表現しています)

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どこからが著者の独自の論なのかは良くわからない点はありますが、古墳に関する最新知識が得られました。
(森下章司著)

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“古墳”五百円硬貨

私の本来の趣味ではないのですが、兄の影響で記念硬貨などの案内が造幣局から届くようになりました。

その中に地方自治法施行六十周年記念硬貨の案内がありました。全都道府県分が発行されているのですが、大阪府は「仁徳天皇陵古墳」がデザインされています。

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古墳の周濠まできちんと刻まれています。

平成27年7月の発行です。発行枚数がきっと多かったので、売れ残っているのでしょうが、私は「古墳」のデザインが好きで選んでいますので関係ありません。

「親方日の丸の時代」と違って造幣局も商売熱心です。

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新沢千塚古墳群(奈良県・橿原市)

「地下の正倉院」とも言われた古墳群が、奈良県・橿原市の新沢千塚古墳群です。

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数は600ほどで、古墳群を見慣れた目にも「これはすごい」と迫力を感じます。(写真はほんの一部)

その中の一つの126号墳

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丘の中でも高い所にありますのでそれなりに高い地位の人(女性)は想像できましたが、副葬品を見てびっくりです。

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この他にペルシャから伝わったお椀もあります。
新沢千塚の副葬品は“歴史に憩う橿原市博物館”にあります。

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装飾品はレプリカがです。現物の副葬品は上野の国立博物館にあります。おそらく見ていると思いますが、出土した古墳の20mほどの円墳の小ささとのギャップは現地に来て初めてわかります。(訪問日2017/1/29)

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推古天皇陵と植山古墳(」奈良・橿原市)

1月29日に“歴史に憩う橿原市博物館”を訪問した時に思わぬ出土品の展示に出会いました。

植山古墳出土品です

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素晴らしいです。
植山古墳は、竹田皇子と母の推古天皇合葬陵の有力候補です。私が2014年3月17日に訪れた時も発掘調査中でした。

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発掘中の上空からの植山古墳です

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出土品は東の石室(写真右)の竹田皇子からのものです。
推古天皇陵として有力な説ですが、弱点は天皇の石室(写真左)が後から合葬されたのですが、先の竹田皇子の石室に対して斜めに作られている点です。
後に改葬されましたが、不都合があった事も改葬の理由と考えれば、斜めになっているのはあながち通説の弱点とは思えません。

改装後の推古天皇・竹田皇子の合葬陵です

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2012年12月25日に訪れています。

ちなみに、推古天皇陵の印です

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多くの古墳や史蹟を巡っていると、予期せぬところで関連する遺物や遺跡に出会います。嬉しくなります。

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乙訓(おとくに)古墳群 (161212京都の旅)

京都盆地の西、向日市、長岡京市、大山崎町は乙訓地方と呼ばれます。長岡京が置かれる以前の遺跡・古墳を歩いてきました。

物集女塚(もずめつか)古墳
前方部から後円部をのぞみます

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後円部と前方部の高さがそれほど違わないのは古墳時代後期の特徴です

石室の排水施設

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おそらく、初めて見たかとおもいます

玄室には立派な扉

161218a3あとで資料館で聞いたら条件付で公開しているそうです

寺戸大塚古墳

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考古学に関心がある人なら知っていますが、椿井大塚古墳出土と同じ三角縁神獣鏡(いわゆる同氾鏡)が出土しています。前方後円墳ですが前方部は失われています。

五塚原(いつかはら)古墳

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人の頭ほどの大きさの葺石があります。

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作った当時の石は、その後表土で覆われ崩れたところから出てきます。

元稲荷古墳
前方後方墳です。前方部から後方部をのぞみます

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後方部の頂から一角をのぞみます

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写真を撮った私は円ではなく角っぽくなっているのがわかるのですが、写真を見ただけでは判然としないかと思います。

石室の天井石

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説明版はありませんが資料館で同様の出土品を見ていましたのでわかりました

恵解山古墳 
この古墳は淀川近くにあります。

造り出し部 もう一方の造り出し部は矩形ではなく汀のような形をしています

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前方部から鉄製品が大量に出土しています。

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この地方最大の古墳です

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フォーラム「大王陵から天皇陵へ」

江戸東京博物館で開かれたフォーラムに行ってきました。
「八角形の王陵がしめす飛鳥時代の世界観」が副題です。人気があって定員に対して4倍の応募があったそうです。

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第1部が「八角形墳の意義と展開」橿原考古学研究所長の菅谷文則氏
第2部が最新情報紹介として「新発見の巨大古墳~小山田遺跡~」発掘を担当した鈴木一議氏、さらにパネルディスカッション

前方後円墳の終焉から方墳へ、そして八角形墳へと考古学、文献からの考察が披露されました。このテーマでは、最も知見がある講師の登壇だと思います。
パネルディスカッションでは、東京大学史料編纂所の田島公氏と女優の真野響子さんが加わりました。
真野さんはこのパネルディスカッションの前に2泊3日で古墳を今回のメンバーと廻ったそうです。この手のありがちな添え物の出席者ではなく、勉強の後が見られ、鋭い意見を披露していました。
衣裳は“推古天皇”の衣裳で登壇「持統天皇の衣裳を着たかったけど、」デザインがお気に召さなかったので推古天皇の衣裳となったそうです。橿原考古学研究所がついていますので、考証については何ら心配なしです。

聴講して、行きたい(行かなければならない)古墳がいくつか出てきました。とても良かった!

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武蔵府中熊野神社古墳(上円下方墳)

東京都府中市の熊野神社古墳に行ってきました。
上円下方墳です。迫力を感じます。

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築造時期は、終末期・・・飛鳥時代の後期以降ですから、大化の改新前後以降となります。

石室の入り口(閉塞石)が終末期らしさを漂わさせています

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併設の資料館の展示

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石室の実物大模型

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石室の石の加工も終末期らしく隙間の無い積み上げで、アーチ式に積み上げられています。

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駐車スペースはありますが、事前に連絡しておかないと駐められないようです。最寄りの西府駅から近いので公共交通機関を使った方が良さそうです。

上円下方墳は、全国で数例しか知られていません。他の同形の古墳も見たくなりました。

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歴史秘話ヒストリア「コーフン!古墳のミステリー」

今日、放映されたNHKの番組です。
古墳を取り上げていました。
前方後円墳の形について「壺」をかたどったものだと、「目からウロコの“古墳の形”秘話」だそうですが、「そういう解釈もできる。」程度の話を目からウロコと言われてもねえ。というのが率直な感想です。

「前方後円墳から蘇我氏系の方墳」と変遷を説明したなら、そのあと大王(天皇)の八角墳へとなったまで説明して欲しかったけれど、省略でした。

古墳ガールって? 古墳にはよく行くけれど見たことないです。

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