カテゴリー「古墳・古代」の101件の記事

「三昧塚古墳」展 明治大学博物館

茨城県行方市にある「三昧塚古墳」(明大博物館)の展示会を見てきました。
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25日に亡くなられた大塚初重先生が実質責任者となって発掘された古墳です。
結果的に追悼展示となってしまいました。 合掌

トロッコを使っての土取りで墳丘の1/3が削り取られる中での
緊急発掘でした。
全長85mの前方後円墳です。
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古墳は未盗掘で、その後保存され今日に至っています。
埴輪、甲冑、装身具等の副葬品、それに遺骨まで残っていました。

金銅製馬型飾付冠
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金銅製は珍しいそうです。

四神四獣鏡
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居面中央の紐孔に紐が残っていました。
紐を見たのは初めてです。

埴輪も力士や、まだら模様を朱で表した若鹿など
興味深く拝見しました。

他の副葬品に砥石がありました。珍しくはないそうですが、
これまた初めて見ました。

大変面白かったです。








 

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アイセルシュラホール 大阪府藤井寺市

世界遺産の百舌鳥古墳群と古市古墳群は何回か行っており、いまさらの感がなくはないのですが1月の堺でで行われた古墳サミットで、藤井寺市のアイセルシュラホールの歴史展示館を知りました。
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津堂城山古墳出土の水鳥型埴輪など展示が素晴らしいです。
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ところがこの施設は20年以上前からあるそうです。意識するしないで、こんな大きな施設を知らなかったとは、
我ながら呆れました。
ここで、書籍を買い、パンフレットをもらい
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ついでにクリアファイルとボールペンもいただきました
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他の郷土資料館などでいただいたり買い求めた資料も含めて旅行後一生懸命読んでいます

富田林市の埋蔵文化財センターの学芸員の方と話したことが印象に残っています
「河内国は古代を中心としてこんなにすごい国だったとは思いませんでした。」と、私が言ったら、
学芸員の方が、少し驚くようにそして少しがっかりしていました。
学芸員の方にすれば、発掘調査などで素晴らしい出土品を手にしているので当然の反応かと思います。
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私は今年に入ってようやくわかりましたが、
全国的には、大和(奈良)に隠れて河内は知られていないのが現実です。

1月と今回の旅行で、大方、河内を回った廻ったと思いましたが、
現地で手に入れた資料などを読んでみると、「まだまだ見ていないところがたくさんある」という思いがしました。
河内は魅力いっぱいです。

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古代寺院の四天柱跡

古代寺院跡を訪ねる時に、最も注目しているのは、塔の心柱の元にある礎石(心礎)です
塔は言うまでもなく本来の役目は舎利(お釈迦様の遺骨)を収める建物です
礎石の中に収めたり、塔の高い部分に収めたり、収める場所で心礎の形にバリエーションがあります
そのバリエーションを見るのが楽しみです

柏原市の田辺廃寺跡に5月23日に訪れたとき、
びっくり、感激したことがありました
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心礎のみなら四天柱の礎石が残っていたのです。

四天柱とは塔の中心にある心柱を囲むように立っている4本の柱です
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田辺廃寺跡の直前に河内国分寺跡を訪ねました
心礎とそれを囲む四天柱の礎石がありました
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しかし、心礎は抜き取られていてレプリカが置かれ、
四天柱の礎石のうち奈良時代からあるのは1個のみ(本物は地中にあり見えるのはレプリカかもしれません)
古代寺院の礎石がその場所から奪われることのほうが多く、その場に残っているのはむしろ例としてはすくないでしょう

田辺廃寺跡では、そのままセットで残っていました
感激した理由です
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写真、青の丸印が心礎 赤の丸印が四天柱の礎石です

実は、この場所は立ち入り禁止でした。
春日神社の本殿の裏の境内にあります
私は、グーグルマップの徒歩ナビを使ったのですが、この場所をまっすぐに案内されました
礎石を見終わって周囲を見ると柵と看板の裏が見えました
近づいてのぞみ込むと「立ち入り禁止」と書いてありました
春日神社を目指して参道から来たなら、この場所には行けなかったとでしょう
結果的に素晴らしい出会いでした。


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松岳山(まつおかやま)古墳 大阪府柏原市

大和川が奈良県から大阪府に入った、ほぼ最初の古墳です
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全長150mの前方後円墳です
作られたのは玉手山古墳群に続く4世紀前半とみられ
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世界遺産の古内古墳群より先に作られています。

後円部墳頂に石棺が露出しています
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南北に大きな板状の立石があります
極めて珍しいです

石棺は組み合わせ式(蓋石、側石、底石の各部材で構成されています)
発掘調査時の写真
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側石は四国の鷲の山から運ばれてきています

側石上部はカーブをつける加工がしてあります
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しかもカーブの角度を変えています

盗掘孔から内部を撮影しました
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驚いたことが二つ
①側石と蓋石カーブをつけて加工してあります
機能的には平板で問題ないので何かをかたどったということになります
→前代の割竹型木棺を模したと考えられるようです→長持石棺へ?
②水が溜まっていました。くり抜き型ではないので水はたまらないはずです
→底と側面に粘土が残っているのか

カメラのモニターで丁寧に加工された石棺内を確認したとき
「すごいものを見た」と、感動しました。

ストラップをしっかり握ってカメラで撮影しました
スマホで撮ろうとして落としてしまったら戻ってきません
国指定史跡です。蓋石は動かせませんし、史跡保護の観点から不注意は許されません

数ある古墳の中でも特筆すべき存在です

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田辺廃寺跡 大阪府柏原市

田辺史(たなべのふひと)一族の氏寺です。田辺史大隅が藤原不比等を育てています。
不比等の名前も史からきているのかもしれません
白鳳時代の創建です

現在は春日神社の境内になっています
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西塔跡の発掘時写真と図
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境内には中門?の礎石があります
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枯葉に覆われていたので、軽く掃除しました

境内には発掘された遺物の収蔵庫がります
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事前に連絡すれば見学できたようです。
塔跡、金堂跡は、立ち入り禁止となっています。


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二室塚古墳 開山塚古墳 郡川30号墳(高安古墳群)

高安古墳群の中でも大型に属する古墳の紹介です。

二室塚(にしつづか)古墳
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現状、立ち入り禁止になっています
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赤線で示した部分と、その奥にもう一室あります
名前の通り玄室が2室あります。同じ高安古墳群にある
もう1基と合わせて国内2例しかありません。

開山塚古墳
法蔵寺の奥まったところにあります
階段の手すりを開けてゆきます
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羨道が良く残っていて8.4mあります
玄室内部
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玄室奥から羨道を振り返った写真です
玄室内の高さは4.2mあったと考えられています
巨石を使っていることがよくわかると思います。

郡川30号墳
本照寺の中にあります
八尾市が発行した古墳群の案内パンフレットには
見学する前に、お寺に声をかけてください。となっていました。
ところが、「声かけ不要}
見学者が多く、いちいち声をかけられても迷惑なのかもしれません
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古墳には扉が付いています
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奥壁に 南妙法蓮華経 と刻まれています
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平尾山古墳群 大阪府柏原市

今回の旅行では、グーグルマップのナビを結構使いました。
徒歩の案内では、幅1mに満たない道とは思えないようなところも通りました。
目的地まで最短距離で案内してくれます
往々にして一般的なルートとは別のルートを案内されます

5月23日の平尾山古墳群では、道路が尽きたところで案内終了でした
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「まじかよ」
ここから山を独自の判断で登ったのですが、
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山中で迷いました。
案内標識はありません。
そしてようやくたどり着きました。
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古墳そのものは大きいです。
玄室内は半分ほど埋まっていました。
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珍しい奥壁です

この古墳群1900基以上の古墳があります
消滅した古墳ももちろん多くあります。
その中で私が見つけた古墳は、たった1基
季節的に草木が高く、周囲が見通せません
次の予定もあり、山中で迷子になることを避けることを最優先にしました。
前日は次から次へと、20基ほど古墳を見ることができたのに・・・・・。

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高安古墳群 大阪府八尾市

5月21日は、1日で20基ほどの古墳を見ました。
古墳群でも径10m 高さ2mほどの小さなマウントの古墳だらけ、ということではなく
しっかり大きな石室の古墳のオンパレードです。
大窪山畑39号墳
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大窪山畑8号墳
墓地の中を探し回って「これ、天井石じゃないの」と気づいて
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 発見!
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しっかり石室にも入れました

服部川78号墳
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比較で私を写しています。だいたいこのぐらいの大きさです
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封土がなくなった古墳もあります 少数
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石室の前後がなくなってトンネル状になっています
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古墳が230基ほどあり、国指定史跡が110基
古墳銀座です

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山畑古墳群と河内廃寺跡 東大阪市

タブレット教室で古墳の話が出たときに
「古墳時代はどうして終わったのですか?」と鋭い質問がありました。
答えは「仏教伝来によって、火葬の風習が浸透するに応じて
土葬から火葬による納骨で大きな墳墓が必要なくなり、
また、一族の安寧と繁栄、鎮魂、それに威信の表現を
墳墓から寺の建立によってしてゆくようになった。」
と、お応えしました。

東大阪市の山畑古墳群と河内寺廃寺跡は、そうした光景を見せてくれます。
山畑22号墳 双円墳の西丘(東丘は消滅)で径20m
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高さ1.76m
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玄室から入口方向です 右片袖式です
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6世紀中頃


山畑39号墳 径8m
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小さな古墳で石も小さく持ち去られ易かったのでしょう
封土はありません
7世紀前半


河内寺廃寺跡 山畑古墳群から徒歩十数分の距離です
7世紀中頃の創建です
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割と小さめのお寺です
渡来系の馬飼部の河内氏の寺です。

5月21日訪問

今は、インターネットで多くの資料が手に入ります
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お亀石古墳 大阪府富田林市

オガンジ池瓦窯跡から1~2分の所にあります
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古墳時代終末期の横口石槨式の古墳です
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天井石の上の封土はなくなっていて
横口石槨の上部蓋石も露出していてよく見れます
石を設置移動する時の縄をひっかける突起が付いています
蓋部分の石が亀のように見えます
古墳の名前は、その形状からついたように感じられました。
石槨下部の本体部分とサイズがあっていないように見受けられますので、
転用された可能性があります。

大きさを記憶するために私自身を入れて写真を
たまたま来た人(珍しいケース)に撮ってもらいました。
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天井石の上にあがるつもりが
いわば棺の上に上がってしまいました。
被葬者の方、ごめんなさい。

調査時の写真です
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石槨の周囲にオガンジ池瓦窯で焼かれた瓦があります
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珍しい例ではないでしょうか。

石槨の入り口を塞いでいた石栓があり
埋蔵文化財センターで保管しています。
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これも貴重です

ここへ来る直前に埋蔵文化財センターに寄って
見学し、案内に地図をいただいていたので
見過ごしたことは残念です。

見ごたえのある古墳です。
(5月24日訪問)

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