カテゴリー「アラブ、トルコ・エジプト」の58件の記事

中近東文化センターは閉館ではないけど

中近東文化センターからお手紙が来ました。公益財団法人になった事、それに伴う役員名簿も同封されていました。筆頭が名誉総裁 三笠宮崇仁親王です。こんな手紙を貰うと身構えてしまいます。
博物館と図書館の運営については、「経費削減の観点から、一般公開は休止しているが、できるだけ多くの方に見ていただくとの方針は堅持しているので、事前に連絡をいただく形で便宜を図る。」とのことです。閉館ではないので少しは安堵です。また、企画も考えているとのことですので、こちらは期待したいです。
ただそうであるなら、ミュージアムメイトの制度は続けてもらいたかったと思います。ささやかな寄付も兼ねてこの制度があった方が中近東文化センターとのつながりが形としてのこるので良いと思っています。
わざわざ電話をすることでもないので、企画に参加した時に話してみようと思っています。

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中近東文化センター博物館閉鎖

本日(2月16日)中近東文化センターからお手紙が来て「付属博物館の一般公開を中止せざるを得なくなりました。つきましては、(最後の)ギャラリーメイトの集いを行います。」との文面でした。
いよいよ来る時が来たとの思いですが、なんとか公開を続けられないならないものかと今でも思っています。残念です。
一般公開中止がいつとは明記されていませんが、文面からすると3月いっぱい公開のようです。といっても金曜日から日曜日までが現在の開館日です。3月31日(日曜日)が最後の日になる?のでしょうか。返す返すも残念です。

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カマン・カレホユック遺跡(トルコ)

先日、17日の“中近東文化センター博物館は閉館?”の記事の中で「カマン・カレホユック遺跡の発掘調査が終わった。」と書いたところ、タイミングが良いのか?悪いのか?今日の読売新聞に“アナトリア発掘最前線 上”として、カマン・カレホユック遺跡の発掘調査の成果が文化面に載っていました。この遺跡に関心を持っている人にとっては、特に目新しい内容ではないのですが、「27年に渡って発掘調査を続けている。」と現在進行形になっていました。
JKAの7年に渡った補助事業が終わったので、センター付属博物館の一般公開終了もあったので、私は、発掘事業が終わったと勘違いしたようです。
人類の鉄使用開始の歴史に関わる興味深い遺跡です。「ヒッタイト以前に鉄は作られていた。」という、かつての定説を覆した遺跡です。26日の特集がどんな内容なのか興味津々です。

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中近東文化センター博物館は閉館?

三鷹市にある中近東文化センターは、長らく耐震工事のため閉館していました。この間、ギャラリーメイトを対象とした講演会が何回か開かれ、楽しんできました。
工事も終わり、9月15日に再開館する旨お手紙をいただきました。それは良かったのですが、文末に来年の3月をもって博物館の一般公開は終了します。となっていたのにはショックでした。
7年続いたトルコのカマン・カレホユックの発掘調査も終り、その発表も楽しみにしていましたし、新春1月11日より出光博物館で“中近東文化センター改修記念 オリエントの美術”展が開催されますので、再開を祝しての展覧会と思っていましたのでショックです。
まだ、ホームページには9月15日の開館のお知らせは載っていますが3月の事は触れられていません。現在開かれている企画展についても触れられていません。一般公開はしなくてもギャラリーメイト制は続け、その範囲内での活動はするならまだよいのだけれどとまだ、淡い期待はしています。
6月に寛仁殿下が亡くなられたことが影響しているのでしょうか?期待が暗転してショックです。

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“大英博物館 古代エジプト”展

六本木ヒルズの森アーツギャラリーで“大英博物館 古代エジプト”展が9月17日まで開かれています。夏休みでお子さんの姿を多く見かけましたが、混雑しているというほどではありませんでした。

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ポスターデザインです。
“口開けの儀式”です。黄泉の国で食事を食べるということで、ミイラがあの世で生きてゆくスタートになります。

展示は、37メートルにもなる最長の“死者の書”を中心としたもので、“エジプト展”というより“死者の書展”なのですが、“死者の書展”では観客を呼べないからなのでしょうか。ですが、面白かったです。“死者の書”はエジプト展で必ず展示されるアイテムで、「口開けの儀式」などを見てさっと過ぎてしまいがちですが、じっくりと内容を見れて面白かったです。
最長のこの死者の書は、大英博物館に寄贈した方の名前を取って「グリーンフィールド・パピルス」と呼ばれます。紀元前10世紀の古代エジプトで、大司祭の娘ネシタネベトイシェルウが亡くなった際に添えられた物です。日本流に云えば「三途の川の正しい渡り方」のガイドブックです。解説展示と映像解説の両方があって、無理なく理解できます。

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ミュージアムショップに並べられた商品も結構豊富でした。

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ペルシア陶器の窯とイスファハーンの陶工

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27日は、中近東文化センターの講演会“ペルシア陶器の窯とイスファハーンの陶工”を聴いてきました。中近東文化センターの友の会の会員、つまり素人がこの分野の第一人者の最新情報を聴くという贅沢な講演会です。
パルシア(現在のイラン)の9世紀から10世紀頃の窯跡の発掘状況の講演でした。面白いと思って聴いたことは、「日本なら陶器の土の取れるところに窯はできるのですが、ペルシアでは土が流通し、窯があるところは、土の産地の近接地とは必ずしも限らない。」という事でした。日本の常識とは全く違いました。
また、イスラムの陶器で、トルコ、エジプトの古窯は1か所しか知られていない。というのも意外でした。
中近東文化センターは耐震工事中で、再オープンは今秋の予定です。

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中近東考古学講座第5回

中近東文化センターがギャラリーメイトを対象にした考古学講座が第5回目を迎えました。中近東の一級の専門家による講座ですので、素人の私が聞くのはもったいない内容です。17日は岡野先生の講義で、演題は“オーレル・スタインの来日とペルシア湾岸のイスラーム遺跡調査”でした。イランのイスラム時代の調査をしたオーレル・スタイン博士の事績を辿りながら東西交渉史の遺跡を紹介してもらいました。
今、ペルシア湾のホルムズ海峡をイランが「封鎖するのは容易」と言うなど、波風が立っていますが、講座では“ホルムズ海峡にはホルムズ島がありますが、元々ホルムズの町は対岸の大陸側にあったのですが、所在地は不明になっています”ということです。きな臭い話しと考古学が同じ舞台を取り上げていることに妙な感じになりました。

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中近東文化センターは耐震工事のためこの秋まで閉館していますが、展示品の中にはホルムズ島で採取された陶片があります。出土した陶片によって東西交渉史の一端が明らかになります。

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講演会“幻のヒッタイト帝国~王国発見の物語~”

今日は中近東文化センターのギャラリーメイト対象の講演を聞いてきました。
ヒッタイト帝国がわずかな手掛かりとして旧約聖書に書かれていること。その後は古代エジプトのカルナック神殿の壁にヒエログリフで記されていること。(このことは知っていました)
そして長い年月が過ぎて、ヒッタイト帝国の遺跡が発見されたのが19世紀になってからです。まだヒッタイトの遺跡であることがわかっていませんでした。発掘は20世紀になってからでようやくヒッタイト帝国の遺跡であると確認されました。
2010年6月に行って、じっくり見たトルコ・ヤズルカヤ遺跡の岩に刻まれたレリーフを古代ギリシャのヘロドトスが取り上げているそうです。「ヘロドトスが見たのと同じものを見た」ことに感動しました。

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中近東文化センターは耐震補強工事に入るため長期休館になりました。今日は正面入り口は閉鎖され、通用口から館内に入りました。ギャラリーメイトは、長期閉館にともなって会員証の有効期限が1年延長になりました。ギャラリーメイトの会員証は出光博物館にも無料入場できる特典が付いています。1年延長になってさらにお得になった感じです。

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大使館のペルシャ絨毯

イランと云えば、ペルシャ絨毯です。エジプト、トルコ、西安と絨毯を見てきましたのでチョットは目が肥えてきました。当然なのでしょうが、処々に飾られていた絨毯は何れも見ていて溜息が出るど素晴らしいものでした。

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大使公邸に指導者ハメネイ師の写真、国旗、コーランと共に飾られていました。縁が七色に輝いていました。小振りですが気の遠くなるような手間暇がかけられています。今まで見たこともない絨毯です。

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これも大使公邸の暖炉の上に飾られていました。すばらしい発色です。

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大使公邸の廊下に敷かれていました。

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大使館の壁に飾られていました。鹿の文様が織り込まれ正倉院を連想しました。
どれもお値段は想像すらできません。

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ペルシャ料理に舌鼓

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イラン考古学セミナーでの昼食は、会場をイラン大使公邸に移していただきました。

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大使館付きのシェフのお料理です。お米は細長い、いわゆる外米ですが、さっぱりしておいしい。おいしくてお代わりしました。

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お庭も広くて都心(南麻布)とは思えません。
美味しい昼食を沢山いただいた後です。午後のセミナーではちょっぴりお眠りしてしまいました。

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