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太安万侶の居宅

橿考研・友史会の奈良の例会が今度の日曜日に行われます。テーマが「太安万侶が通った道」です。残念ながら私は参加できませんが、資料が送られてきました。3年前に太安万侶の墓を訪ねて以来の疑問に、答えを見つけました。

お墓
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2023年2月21日訪問)

最新の研究成果によって、墓は太安万侶の死後20年~40年後に築造されたということです。発見されたのは改葬墓ということになります。驚きました。
初葬墓の候補の一つとして、松ノ下古墳があげられています。(地図の赤マーク)
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径が8メートルですから 塚 という感じです。

太安万侶の居宅については、4条4坊ということは墓誌からもわかっています、が広いです。
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JR奈良の駅前の広大な土地です。地域内のいくつかの発掘調査報告書を読みましたが、絞ることができませんでした。今回は高級な硯が出土したところを邸宅跡として考慮してよいのではとのことです。その場所が奈良女子高校です。
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具体的な硯の情報はありませんが、特別展の図録に思い当たる硯があります
20260313a3
古事記を書いた時の硯の可能性があります。そう思うとわくわくします。

   

 

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