藤代坂 有間皇子終焉の地
11月の旅行の最大の目的は有間皇子の終焉の地と葬られた古墳を訪れることでした。
今から1367年前、孝徳天皇の長男であった有間皇子は中大兄皇子(後の天智天皇)の謀略によって処刑されました。有間皇子は19歳、中大兄皇子は32歳、多くの謀略をめぐらしてきた中大兄皇子にとって有間皇子はたやすい相手だったに違いありません。
有間皇子が処刑(縊死)された地が和歌山県海南市の藤代坂です。
熊野古道に面しています
この坂を下ってきて、ここで処刑されました。
有間皇子の墓
軽視地に建てられた供養塔
木にさえぎられていますが、眼下に海を見下ろせて眺望が良いです
有名な歌碑
「家にあれば 笥に盛る飯を 草枕 旅にしあれば 椎の葉に盛る」
熊野古道の道々にあった石仏でしょう
伝承地というのは、後世になってから物語などをもとに作られることも多々ありますが、この地は悲劇の地として地元に語り継がれてきたものと思われます。伝承地として間違いはないでしょう。
この時代の明日香では石人像が発見された地の字が石神でしたし、水時計の遺構が発見された地は水落でした。
私は、中大兄皇子(天智天皇)は好きではありません。権力を握るためには人の命を命とも思わない(今の世の中も変わらずそうですが)その人生は、私は受け入れられません。
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