景行天皇の光る鎧
古墳時代の甲冑の色について調べていました
金銅張りの復元甲冑に続いて宮内庁が所有している(和歌山県の)古墳から出土した金張りの実物
その存在は疑いないとして、埋葬用のイミテーションかどうかが疑問として残っていました
新たな知見として「筑前国風土記」に関連する記述がありました
この風土記の中での注目の記述です
『(景行)天皇が身に付けていた鎧が異常な光明を放った。』とあります
続いて「そこで、卜部に神意を占わせると、卜部の殖坂(ヱサカ)は「この地には神が居て、その鎧を欲しがっているようです」と答えたので、天皇は「そうであるならば、神社に奉納することにしよう。これは長き世の宝になるだろう」と言った」と述べられています
さらに長岡神社には、その一部の板が残っているとしています
逆に言えば、この板の由来を述べる記述だったわけです
天皇の威光を高めるために光明を放ったと表現したのではないことが見てとれます
結論的には
古墳から出土したものは埋葬用の特注ではなく実戦用に金張り加工したと理解できる可能性が強いです。
もちろん、矢など飛んでこない大王クラスの甲冑なのでしょう
ところで肥前の長岡神社って
鳥栖市の永世神社のようです
ただ、古代から一直線に結びつけることは難しそうです。
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