明治になってから作った前方後円墳
橿原考古学研究所の友の会の会報が届きました
3月の例会のレポートが載っていましたが
兎道稚郎子命(うじのわきのいらつこのみこと)の墓
の近くまで来たのですが、寄らなかったとのことです
兎道稚郎子命は応神天皇の子供で
兎道(うじ)山上に葬られたと、日本書紀に書いてあります
実在したかどうかもわかりませんが
古墳時代です
この墓を明治になってから、単に丸っぽい丘を
前方後円墳に作り上げたそうです
ご丁寧にも周濠まで作ったそうです
私の手元に宮内庁が出した陵墓地形図があり見てみました
以前からこの古墳図は見ていて
周濠部分を作り変えたのだろうと想像していたのですが
一から作ったとは!
明治になって、陵墓を作り上げた(でっち上げた)例はいっぱいありますが
まさかここまでしているとは思いませんでした
考古学趣味の例会ですから
明治になって作り上げたものをスルーしたのは当然です
が、私は逆にどんなものを作ったか、
馬鹿馬鹿しいと思いながら見てみたいと思いました
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