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浄土式庭園の史蹟

学生時代に鎌倉市の永福寺(ようふくじ)跡と出会って
浄土寺院に設けられた浄土を表した庭園(浄土式庭園)に興味を持ちました

第1世代
(奈良時代)阿弥陀浄土院跡
第2世代
(平安時代)鳥羽離宮跡、平等院など京都浄土寺院
第3世代 京都を模した奥州藤原氏関係
(平安時代)毛越寺、無量行光院など平泉の諸堂、白水阿弥陀堂(いわき市)
第3世代 平泉を模した鎌倉
(鎌倉時代)永福寺、称名寺など鎌倉を中心とした地域

浄土式庭園は、権勢者の変遷とともに時と場所を移動しました。
永福寺は、源頼朝が奥州藤原氏を滅ぼし、合戦における怨霊・英霊をを鎮め
冥福を祈るために建立しました。
平泉の大寺院の威容に目を奪われた頼朝の
勝者としての総仕上げの事業でした。

永福寺は浄土式庭園の終着点と思っていたのですが
2022年の「永福寺と鎌倉御家人」展で
永福寺式瓦が東国各地に広がっていったことを知りました

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