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元寇の戦跡(壱岐)

国境の島として、元寇では悲惨な戦場になりました。
戦跡から伝わってきます。

元寇1回目 文永の役
新城古戦場
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犠牲者を弔った千人塚
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道路沿いに戦跡の碑があります
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守護代・平景隆の墓
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多勢に無勢 この地で一族郎党とともに自害しました。


2回目 弘安の役
瀬戸浦から攻めてきました
奮戦した少弐資時の墓
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芦辺港には銅像が立っています
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少弐千人塚
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「元軍は、逃げ惑う島民を追い容赦なく弓を射かけ、太刀を振り下ろし、
時には、なぶり殺しを楽しんだ」と書き記されています。

党内にはこうした千人塚が6か所あり、
悲惨な歴史を伝えています。

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