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本薬師寺(跡)薬師寺 新薬師寺

纏向遺跡・箸墓と並んでリクエストされたのが
唐招提寺と薬師寺でした
これまた、「いまさら?」の感でしたが
唐招提寺に行ったのは50年ほど前、
薬師寺は、数年前に東塔の初層の特別公開ではいってます。
下野薬師寺には行っているので、薬師寺の歴史を知ってもらう良い機会と思いました

本薬師寺(跡)初代薬師寺(訪問日2月23日)
天武天皇が皇后(後の持統天皇)の病気平癒を祈って682年頃藤原京に建立
しかし、天武天皇の方が先に亡くなり(686年)金堂ができたのは死後の688年ごろ
(建立当時の寺名は当然、薬師寺)
礎石が良く残っています
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金堂跡
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西塔跡
20230226b6
心礎(中心柱の礎石)は凸になっています
後方が東塔跡です

東塔跡
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心礎は、凹になっていますので仏舎利はこちらに収められていました
四天柱の4個の礎石も残っています

薬師寺(訪問日2月20日)
平城京遷都に伴い移転してきました(新築、移建両論があります)
この時点で持統天皇は既に亡くなっています
東塔
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解体修理は、ほぼ終わり4月には落慶供養が行われます

若宮社
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後方は西塔です
回廊の外側で南門の内側という微妙な位置です
大津皇子がまつられています
大津皇子は、持統天皇によって死を命じられました
いつ建てられたかはよくわかりません

想像(妄想?)すると、
持統天皇が子の草壁皇子の天皇になるための
障害になる可能性があった大津皇子を排除ました
にもかかわらず、2年後に草壁皇子がなくなります
大津皇子の祟りを恐れ
大津皇子を改葬(鳥谷口古墳)し
この社を建てたのではないでしょうか
で、あれば本薬師寺の時代にすでにあった可能性があります

また、対称の場所に竜王社があり大津皇子の像が安置されています
(奈良国立博物館に寄託)

北門跡
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寺域の広さが実感できます
(唐招提寺に行く途中にあります)

新薬師寺(訪問日2月22日)
光明皇后が夫・聖武天皇の病気平癒を祈って建立しました
「新」とついても奈良時代のお寺です
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12神将は有名です

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境内から発掘された創建時の瓦が展示されていました
20230226b3

お寺の建立の経緯がわかると
色々なことが見えてきます
道鏡が左遷されたのが下野薬師寺であったのも
法隆寺薬師如来像の光背銘文も
薬師寺が官寺であったことから理解できます



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