流人と情念 八丈島旅行
流人の中には、当然政治犯など粗暴犯とは違う人がいます。江戸時代を通して島抜けを図ったのが15件で成功は1件のみです。
流人はそれぞれ自活生活を求められました。
監視する島役所跡は草地となっていました
無実を訴え続けて流罪から7年後に断食死した慈運法印の碑
情念を感じます。しかし近くのガソリンスタンドで聞いてもわからず、
観光案内書でも首を傾げられて、ようやくたどり着けました。
島酒の碑 八丈島で焼酎を作るようになったのは薩摩出身の流罪人(密貿易)が伝えたことに始まります。江戸時代末期碑そのものは昭和になってつくられました。この碑がある神社は小高い丘で噴火口跡です。
このパンフは便利です。観光案内書で質問した時にもらいました。
宇喜多秀家と豪姫(前田利家の娘)夫婦の像 岡山築城400年を記念して平成9年に建てられました。豪姫は流されてきていませんが、2人を逢わせましょう。とのことです。
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