流人と情念 八丈島旅行
流人の中には、当然政治犯など粗暴犯とは違う人がいます。江戸時代を通して島抜けを図ったのが15件で成功は1件のみです。
流人はそれぞれ自活生活を求められました。
監視する島役所跡は草地となっていました
無実を訴え続けて流罪から7年後に断食死した慈運法印の碑
情念を感じます。しかし近くのガソリンスタンドで聞いてもわからず、
観光案内書でも首を傾げられて、ようやくたどり着けました。
島酒の碑
八丈島で焼酎を作るようになったのは薩摩出身の流罪人(密貿易)が伝えたことに始まります。江戸時代末期碑そのものは昭和になってつくられました。この碑がある神社は小高い丘で噴火口跡です。
このパンフは便利です。観光案内書で質問した時にもらいました。
宇喜多秀家と豪姫(前田利家の娘)夫婦の像
岡山築城400年を記念して平成9年に建てられました。豪姫は流されてきていませんが、2人を逢わせましょう。とのことです。
| 固定リンク
「旅行・地域」カテゴリの記事
- 「古墳ビール」堺市(2025.12.03)
- 利休屋敷跡、与謝野晶子生家跡、さかい利昌の杜(堺市)(2025.12.01)
- 大阪・堺バルーン体験(2025.11.30)
- 奈良で過ごして帰宅(2025.11.28)
- 和歌山から奈良へ(2025.11.27)
「歴史・史蹟」カテゴリの記事
- (鎌倉)大町釈迦堂口遺跡(2026.03.09)
- ”神まつりをめぐる「法」”公開シンポジウム(2026.03.01)
- 大阪・高槻市の台場(2026.02.27)
- 五本木庚申塔群(2026.01.29)
- 豊浦宮(とゆらのみや)跡(2025.12.30)


コメント