天王山古戦場・明智光秀本陣址 (161211京都の旅)
天下分け目の天王山と言われる合戦は天王山の麓で行われました。
「山崎の合戦」です。
小泉川(旧名円明寺川)

この川を挟んで秀吉軍と光秀軍が対峙しました
古戦場の碑

背後の山が天王山 写真ではわかりませんが、碑は高速道路の下に立っています
天王山にある陶板

明智軍は東から攻めます(黄色の矢印) 秀吉軍は淀川沿いから明智軍の側面を突きました(赤い矢印)
大軍を相手に、明智軍が狭隘なこの地を戦場に選んだのは正解だったのでしょうが、そこまででした。
明智光秀の本陣址 境野1号墳


ビール工場の裏手にあります。
案内板はありますが、古墳そのものは原形をとどめていません。
近年、本陣跡地は恵解山(いげのやま)古墳という説があります。

恵解山古墳の方が境野1号墳の2倍の大きさがあります。
私が光秀なら、こちらを選びます。が、これからの研究の進展を待ちましょう。
合戦は午後4時ごろに始まり数時間で終わったようです。
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