家康最後陣跡 関ケ原合戦史跡7
関ヶ原古戦場で桃配山から前線近くに陣を進めました。

その跡は整備されて土塁をめぐらして中央に土壇があります。土壇には、天保12年(1841)に修復したと記された碑が埋め込まれています。ほぼ現在見る形になったのはこの年です。

天保12年は外国船が日本近辺に姿を現すようになったころで、明治維新の27年前です。
ここで、西軍の首実検が行われ、その後2か所に埋められました。
東首塚

文化14年(1817)の碑が大ケヤキの横に立っています。
朱色の神社の門が移築されていますが昭和になってからです。
西首塚

こちらも大ケヤキがあり、土が盛られ五輪塔があります。東首塚に比べると以前はこうなのかなといった感じです。(了)
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