西軍諸将 関ケ原合戦史跡4
関ケ原の資料館でもらったガイドマップです。
左端中央が家康の陣です。ほとんどの武将のスタンプがありますが押したのは西軍のみです。
小西行長陣跡 兵六千
小西行長はキリシタン大名ですので自害はしませんでした。関ケ原の山中で地元の人に「私を徳川に渡して褒美をとれ」といって名乗り出て身を預けました。のち、三成らとともに六条河原で斬首されました。
宇喜多秀家陣跡 兵一万七千
西軍の主力です。合戦後逃げ延び、鹿児島の薩摩に匿われますが、のち八丈島に流されて83歳まで生きます。関ヶ原の武将で一番最後まで生き残りました。
平塚為広 兵四百
小部隊ながら大谷吉継の陣に加わり、脇坂らの裏切りによく耐えていましたが討ち死にしました。“義”と“勇”を兼ね備えた武将でした。碑は昭和になって子孫によって建てられました。平塚らいてうさんの父です。
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