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2012年12月

金山城跡(群馬県太田市)

太田駅から車で5分ほどの所に金山城跡はあります。山城です。10月に前橋の群馬県立歴史博物館でこの山城のジオラマを見た時、「すごい城がこんなところにあった!」と強く印象に残りました。

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(群馬県立歴史博物館のジオラマ)
12月のラグビーの試合では、今までは日帰りですが、宿泊してでもこの城を見ようと決めていました。

(12月2日)
まず、金山城址ガイダンス施設を訪れました。城山の中にあります。このお城の歴史と全体像を学びます。模型もあり大変参考になります。城址に行く前に絶対寄るべきです。
注目したのは、城山の一部といってよいでしょう、“八王子山ノ砦城”があります。(上のジオラマの写真の手前の部分)
このお城は、東京の“八王子城”、のぼうの城の“忍城”と共に北条の城として豊臣秀吉に攻められました。東京の八王子城と何か関連があるのか?質問したのですが、学芸員は不在で、確たる返事はなかったのですが、たまたまどちらも八王子の信仰があったということのようで、直接の関係はなさそうです。

予想に違わぬ素晴らしい城です。地元の東京の八王子城とついつい比較してしまいますが、こちらが数段城として整っています。それは八王子城が築城から落城・廃城まで10年程だったのに対して、この金山城は90年の歴史があります。その差でしょう。

大手虎口を城内から見たものです。

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このようにガイダンス施設の模型(写真上)を見ておくとよく理解できます。門を破って入って来ても通路の両側から責められます。

200メートルの高さの山ですが、その頂上近くに大きな池があります。

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池は、もう一つあります。井戸というレベルの大きさではありません。これだけの水が確保されれば城の機能は十分に発揮されます。

眼下には

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東日本最大の前方後円墳の天神山古墳、女体山古墳などが見えます。

日光の男体山、白根山、浅間山、富士山、東京まで見渡せます。

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遥か新潟との県境の山々(写真)も見えます。この地が争奪地になったことが、眺めからも理解できます。

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【国宝】妻沼聖天山(メヌマショウテンザン)埼玉県熊谷市

群馬県太田市と埼玉県熊谷市は県は違いますが川をはさんで隣町です。
聖天山が保存修理が完成したことは、テレビのニュースで知っていました。が、「日光の弟分のゴタゴタした建築」ぐらいの印象しか残っていませんでした。ついで!に見ておこう。ぐらいの気持ちでした。
しかし、この神社(らしくはないのですが)権力者と結びついた建物ではないことに感心したのと、なんと斉藤別当実盛が聖天をお祀りした事に始まったことに一気に好感を持ちました。実盛の話は平家物語の中でも一番好きな話です。(実盛の話は文末に書きました)

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修理が成って間もないのできれいです。

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縁の下も念のいった造りです。

彩色もかなり落ちていて復元も大変だったと思います。この囲碁の場面の彫刻では盤面は消えていたまったく判読出来なかったそうです。

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復元では元禄10年6月28日の対局を棋譜から再現しました。

研修で、文化財の係りの方が解説を聞きながら周っていました。

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私はボランティアの方の説明で周った後、このグループについて回りました。

この板絵は復元ではなく、新たに作ったものをオリジナルの上に設けたものだそうです。

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こうした説明はボランティアの説明ではありません。説明の主眼が違います。

※実盛の物語
木曽義仲は幼少の頃、(今の埼玉県で)父が殺され、その際、実盛によって命を救われ、木曽に逃れました。実盛は、木曽義仲の命の恩人です。
時が経て、源平の戦いの中で、木曽義仲が北陸路を攻めのぼった時、迎え撃ったのが平家の武将だった実盛です。
水鳥に驚いて戦わずして負けた富士川の戦いで平家の将として責任を感じていました。実盛は「老将として敵が手加減するのを好まず」白髪を黒髪に染めて戦いにのぞみました。そして討取られました。首実検の時、「実盛のようだが、おかしい。」といって首を洗ったら、染め物が落ちて白髪になり、やはり実盛であった。と分かり、木曽方も涙を流しました。

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私の787ファーストフライトでした

12月17日の伊丹発羽田行きANA032便が、遅ればせながら私の787初フライトとなりました。
時間に余裕を持ってゆきましたので空港ビルから離着陸を見ていました。

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787はもう結構あちこち飛んでいるようです。
乗機を狙ったわけではありません。座席予約のときほとんど気にしていなかったのです。が、というより予約が遅かったので気にする以前の話だったのです。

これより前、リニューアルなった大阪駅ビルを見に行きました。屋上に小さな公園や農園まで作られていました。ここから伊丹空港に発着する飛行機が良く見えます。

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飛行機の先、トップが黒い建物は管制塔です。

787は窓のシャッターがありません。スイッチで窓の明るさを調整します。

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初めてですので触ってみました。
座席は窓際をとったのですが、機内番組のコントロールスイッチは座席の右側についていました。左側が使い勝手が良いのですが、コストダウンのためすべて右側についているのでしょうか。
天井が高く感じられ、開放感がありました。

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尼崎城址と寺町

ルミナリエの影響で神戸のホテルがとれず、尼崎にとりました。ならば、尼崎の史跡を見ようと短い時間ながら城跡と寺町を見ました。

城跡は阪神・尼崎駅のすぐ近くです。中央図書館があり、城壁がありますが、作り物といった方がよさそうです。

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原形はほとんど留めていないように見受けられました。契沖の生誕地の碑がありました。

寺町は戦災を免れましたので落ち着いたたたずまいです。11の寺が集まっています。

本興寺

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法華宗の大本山の一つだそうで、まるで京都の大寺院に入ったような感じです。

法園寺
法園寺に入ってすぐ左に佐々成政の墓があります。

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佐々成政は豊臣秀吉とそりが合わなかったのか?敵対したり服従したり、最後は所領地の反乱の責めを負って秀吉から切腹を命じられました。切腹したのがこの寺です。寺は移転に次ぐ移転で、当時はこの地ではありませんでした。そこまでは良かったのですが、この立派なお墓は複製で、本物は本堂の中にあるそうです。そんなことは知らなかった。きちっと表示を出していて欲しい。紛らわしいことはやめてほしい。

長遠寺
桃山時代の多宝塔です。

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美しいです。重要文化財です。

まったく時代は変わって、先の大戦で学校の塀に航空機から受けた銃弾痕が残っていました。

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この地区は戦災を免れましたが、それはまったくの幸運だったのかもしれません。
(12月16日)

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(河内)源氏の丘(源氏3代の墓)

大阪府太子町の天皇陵古墳が集まる王陵の谷と呼ばれる地域の聖徳太子御廟や用明天皇陵から直線で1kmほど、自転車で5分ぐらいの大阪府羽曳野市に河内源氏発祥の地があります。このように呼ぶのかは知りませんが、雰囲気的には“源氏の丘”です。
王陵の谷は5世紀、源氏の丘は9世紀です。この自転車での5分は、歴史の時間では400年間に相当します。400年を5分で駆け抜ける。この爽快感が好きです。
河内源氏ですが、頼朝、義経、実朝、木曽義仲、足利氏、新田氏の祖先ですから、単に“源氏”と言っても良いのでしょう。

壺井八幡

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2代頼義が勧請しました。源氏の総氏神という神社(であった)社殿は徳川綱吉の時代に再建され平成になって復元修理されました。

頼朝が建てた鎌倉の鶴岡八幡宮は、この頼義が鎌倉に勧請した八幡宮(鶴岡八幡宮の南1kmほどに元八幡宮として今もあります)を勧請したものです。

源氏館跡(碑)

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壺井八幡を含め、付近一帯が館の跡と言うことだと思います。

通法寺跡

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源氏の菩提寺で礎石などがあります。源氏3代のお墓があります。
頼義の墓

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2代頼義の墓は境内にあります。

祖・頼信と3代義家の墓は丘の上にあります。以前はかなり広い寺域であったことが偲ばれます。

頼信の墓

義家の墓

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鎌倉幕府を開いた頼朝はひ孫になります

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続きを読む "(河内)源氏の丘(源氏3代の墓)"

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最低視聴率の平清盛終了

最低視聴率を更新した不人気“平清盛”がやっと終わりました。最終回も作者の自己陶酔に終始した作りで終りました。やっと終わってくれた。というのが私の感想です。

チーフプロジューサーの磯氏は、
“「大河ドラマで描かれたことが史実かどうか」に以前より厳しい目が向けられている。として、 「過去の大河と状況が違うのはインターネットの普及。細かい歴史知識を専門家ばかりでなく、普通の人もネットで共有できるようになった。”ことでドラマ作りが難しかったそうです。

そもそも清盛と義朝を友情関係にしてしまい、そのことを頼朝に受け継がせた根本の認識が誤っていたことに、ご自身が気づいていないところに最低視聴率の原因があったのではないでしょうか。「細かい歴史知識」といったことに矮小化してとらえたことに根本の原因があったのでしょう。

チーフプロジューサー氏は「模索はあったが、最後まで『平清盛』の世界観は守った。」という自己評価です。まあまあ、ご立派ですね。

このあほなドラマを契機として、久々に勝長寿院へ行ったこと、それに吾妻鏡のはじめの方を読み直したこと、(吾妻鏡の2/3はあまり興味ありません)この2点については、私はこの番組に感謝しなければならないかもしれません。

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王陵の谷(大阪府太子町)

大阪府太子町には、敏達天皇陵、推古天皇陵、孝徳天皇陵、用明天皇陵、聖徳太子廟があり王陵の谷と呼ばれています。伝小野妹子の墓もあり廻りました。宮内庁の管理事務所があるのは用明天皇陵のみです。
いつから王陵の谷と呼ばれたのでしょうか?エジプトの王家の谷に倣ってつけられたのでしょうか?王家の谷は本当に谷にありますが、ここは谷とは言えません。
天皇陵のほとんどは盗掘にあっています。江戸時代には石室が露出していた(天皇陵)古墳がほとんどです。今では鳥居が建てられ中に入ることはできません。どの天皇陵も似たり寄ったりです。

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推古天皇陵は全体が見渡せます。

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200メートルぐらい離れた二子塚古墳から撮りました。

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こちらは二子塚古墳です。推古天皇陵から撮りました。
地元ではこの二子塚古墳が推古天皇陵であるとの言い伝えがあるそうです。
双方墳という特異な形です。ちょっとやそっとの人物の墓ではないことの証かとは思いますが、今となっては謎としか言いようがありません。何カ所かぼこぼこ掘られていて双方墳という墳形を容易には想像できません。石室は露出しています。

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手前の三角形した石は石棺が埋もれて蓋の部分のみが見えています。
「おおっ!」と近づいた瞬間、手前の硬い枝(写真には写っていません)に思いっきりおでこをぶつけました。ひっくり返るは、メガネは飛ぶは、うっすらと血が滲みました。

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痛い思いをした記念の写真です。痛い思いはしましたが元気に自転車で走り回りました。(12月14日)

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聖徳太子廟

聖徳太子の名前が初めて表れるのは、死後100年後くらいですから本来「厩戸皇子」の廟と呼ぶべきかもしれません。

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(よく見ると屋根が一直線になってはいません)

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行ってみて、最初の感想は「驚いた!」です。ちょっと考えれば不思議でもなんでもないのですが、実際に目にして初めて感じるものがあります。
宮内庁が管理している陵墓というのは,石の柵と鳥居です。太子廟は叡福寺の中にありますので、雰囲気が違います。鳥居がないのは気にしませんが、太子の古墳の背後には古墳を見下ろす位置に歴代住職の墓が列をなして並んであります。他に多くの墓が周囲にあります。変な言い方ですがお墓で賑やかになっている中にあります。太子のそばに墓を建てたいという希望に沿ったのでしょう。太子信仰の色濃い影響の中にあります。見れば納得ですが、行く前には想像していませんでした。太子の古墳は結果石が二重に囲んでいます。

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古墳はぐるっと回れます。

周囲の図です。

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宮内庁の好きな言葉「静謐」とは違う雰囲気です。

近つ飛鳥博物館にこの古墳の内部の実寸大の復元展示があります。

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棺が三つあります。右側奥の麻を漆で塗り固められた黒い棺が太子の棺です。展示説明にはありませんが太子の遺骸はネズミに食われてほとんど残っていなかったとどこかの本で読んだことがあります。太子の言葉通り「世間虚仮」です。(12月14日訪問)

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スリムクラブin秩父宮

スリムクラブのお二人が22日秩父宮ラグビー場に登場しました。
選手に交じってシェイクハンズに加わって一人ひとりに声をかけていました。

第2試合のキックオフのボールを運びました。

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センターに運びに行くときはパスをしながらです。ラグビー経験者ならではの発想を感じました。
NECの田村選手と記念撮影です。

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1月9,10日に新宿での「ラグビー新喜劇」に出演します。

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ラグビートップリーグ(’12-13)グッズ 第12節でゲット

12月22日の秩父宮ラグビー場は冷たい雨でした。完全防水のブーツに撥水パンツ着用の防水仕様のいでたちで行きました。雨の日はラグビー場に行きましょう!幸運があります。

マスコットボールゲット
雨の日は観客が少なくマスコットボールゲットのチャンスです。第一試合の近鉄のボールをゲット!去年も雨の日の三ツ沢球技場で近鉄のボールをゲットしましたので2年連続です。雨の日でサインが汚れないようにの配慮なのか?サインはありません。後々サインを貰えばよいので気になりません。
第二試合のキャノンのボールもゲットです。坂下選手です。キャノンのボールは初ゲットです。

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サンスポ抽選会
当日のサンケイスポーツ新聞を持ってくるか、その場で買った人が三角くじの抽選会に参加できます。ハズレはありません。目の前で私の前の方がサイン入りジャージを当てちゃいました。カランカランと鐘が鳴りました。
「もう当らないね。」と云いながら引くと、サンスポの方が「まだありますよ」と云いながら三角くじを開けました。
「A」と書かれていて、私も鐘が鳴りました。1000円(500円X2枚)のクオカードが当たりました。

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キャノンのチーム入場券
キャノンの試合を結構見ています。初めてオリジナルチーム券を貰いました。ここまでピア発行の一般入場券でしたので、「いつオリジナルの入場券になるのか?」と思っていました。最終節は京都で試合が行われますので、今シーズンのチケット入手のラストチャンスでした。ただ、雨に濡れて美品と云えなくなってしまったのがちょっぴり残念でした。

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ケマージュの石鹸とマグネット

三鷹駅前のメインストリートは今日の午後歩行者天国になり、商店街のフェスタの会場となりました。

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イベント、それに出店・・・・・私が所属するパソコン教室のNPOも出展しました。ケマージュの石鹸とマグネットです。

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左が石鹸 右に冷蔵庫に付けるマグネット
私は知らなかったのですが石鹸に色々な模様を張り付けます。きれいなオリジナル石鹸が出来ます。

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坊やが興味を持ち実際に作ってもらう体験コーナーに来てお母さんと一緒に作って行きました。お家に帰っても作るそうです。

寒い1日でしたが皆さん頑張った姿を見ているのは良いものです。私はほんのちょっぴり役に立ったのか立たなかったのか参加程度でしたが、売り上げ七千円弱は東日本大震災の被災地へ寄付されます。

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ラグビー(´12-13)第12節 NECvsキャノン

NEC 34 - 0 キャノン

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試合開始時には、ほぼ雨が上がり、前半30分ごろには青空が広がり始め、日もさしてくるようになりました。グラウンド状態はそんなに変わらなかったのでしょうが、この頃から風も出てきて後半風上に立ったキャノンが反撃するのかと思われましたが、微妙なジャッジもありましたが零封されました。
NECはキックパスと相手裏へのゴロパントでトライまで持ってゆきました。
ニリ・ラトゥ選手がフル出場しました。

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ラトゥ選手は勢いあまってオフサイドぽい場面も何回かありましたが、チームを引っ張りました。

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ラグビー(´12-13)第12節 NTTコミュvs近鉄

NTTコミュ 13 - 10 近鉄

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冷たい雨が降る中、グラウンド状態も最悪で、キッキングゲームになるのは致し方ありません。両チーム1トライずつ取りました。ペナルティーゴールの差でした。近鉄・大西選手のペナルティーキックがゴールポストにあたって跳ね返った1本の差ですが、雨の中ダイレクトタッチやノックオンのミスがより近鉄の方に多かった。

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スクラムでは体から湯気が上がっています。冬の雨中のラグビーの風景ではありますが、プレーする方も見る方も大変です。
NTTコミュのアイザック・ロス選手が担架で運ばれて退場しました。グラウンド状態の影響のように見えました。冷たいのは我慢するとして選手が怪我を負うのはかわいそうです。

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近つ飛鳥博物館(大阪府)

近鉄の喜志駅から電動アシストのレンタサイクルで行きました。古墳めぐりはアップダウンがありますので電動でないときついです。1日400円ですからお安いです。ただ電動の力が結構へたっていました。
町並みが切れると二上山が目に飛び込んできます。

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大阪側からしげしげと見たのは何十年振りでしょうか。

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博物館に入っていきなり「この建物の設計者は誰ですか?」と聞いたら受付の方が嬉しそうに「安藤忠雄さんです。」
私が「やっぱり!」と応えると、すぐ建物の見所を教えてくれました。

古墳時代の展示が主で「横口式石槨」という終末期の珍しい古墳の築造模型などを初めて見ました。

同じ大阪でも北部の茨木市の紫金山古墳の出土品の展示がありました。

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2009年3月にこの古墳に行ってますが、墳頂部に大きなコンクリートの工作物があったのでよく記憶しています。
出土品の1枚の鏡に釘付けになりました。

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鏡の外周に勾玉が35個鋳出されています。こんな鏡は見たこともありません。極めて特異な鏡です。現地に行った時、案内看板に写真が載っていましたがそれほど気にも留めませんでした。現物を見るとインパクトが違います。

藤井寺市の三ツ塚古墳から出土した修羅が保存処理が終わって展示されています。

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発見当時大きな話題となり、その1年後ぐらいに私もこの古墳を訪れました。懐かしい感じがします。

ところで、博物館のホームページの説明に『三ツ塚古墳の集合から出土した「修羅」。』とありますが、「集合」は「周濠」のあやまりだと思います。博物館に問い合わせを入れました。

博物館の周囲に古墳群がいくつもあります。「どうせマウントがコロコロあるのだろう。」と思っていましたら、かなりの密度で石室が分布していました。

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多くは石室上部が破壊されていますが、敏達、用明、推古天皇の陵の近くです。きっと当時の有力者なのでしょう。展示されている副葬品から感じました。ひょっとすると当時の記録に名を残している人かもしれません。しかし今となっては名前はわかりません。

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神戸ルミナリエ

16日はラグビー応援の後、中華街で小腹を満たし、まだ日が高かったのですがルミナリエの会場はどうなっているのか?下見をするつもりで行ったら既に人が集まっていました。下見どころかほぼ先頭近くで並ぶことに・・・・・「みんなこの時間からよく待つもんだ。」と思いつつ、並んでしまいました。

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当然点灯前です。(奥の方、光ってるように見えているのは日が当っているからです)

「人が多く集まってきたので時間を繰り上げて点灯します。」のアナウンスに拍手が起きます。讃美歌に似た音楽(鎮魂歌)が流れましたので、点灯の瞬間を取ろうとビデオを構えました。曲が終わってカウントダウンが始まるかと思ったら、次の曲が流れ始めました。この曲が終わるとカウントダウンか、点灯かと思っていたら曲の途中でいきなり点灯! 瞬間を撮ることはできませんでした。

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まだ空が青いです。

募金して、スイーツの試食が殆ど全商品出ていましたので、募金分は試食したかもしれません。ゴーフルを買って買い物は終わりにしました。

会場を出て市庁舎の展望台に上ると会場が良く見えます。

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反対側の六甲山にもイカリのマークなどのイルミネーションが見えました。

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このほかに宝船がロープ―ウェー近くに光っていました。

ルミナリエを見た時は空が明るかったので、もう一度暗い空をバックにしたルミナリエを見ようと再チャレンジ・・・・・・・。
ものすごい数の人が並んでいます。今までこれだけの人の列を見たことはありませんでした。なんと形容してよいかわかりません。

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ようやくルミナリエ見物終了です。

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ラグビートップリーグ(’12-13)グッズ 第11節でゲット

シェイクハンズのピンバッジも15日の花園ラグビー場で近鉄のバッジを貰ってコンプリート達成です。

パナソニックの卓上カレンダー、いただきものです。

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写真は全点ソニービルウィリアムズです。

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シェイクハンズに参加しましたのでサインをもらうチャンスと思ったのですが、係りの方に誘導されて無理でした。試合前では無理からぬことです。

16日のホームズスタジアムでは神戸製鋼の選手カードをゲット。

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猿渡選手とジャック・フーリー選手です。試合会場で見るフーリー選手とちょっとイメージが違います。キャラクターのカードはおまけのようです。

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ラグビー(´12-13)第11節  東芝vs神戸製鋼

東芝 29 - 27 神戸製鋼

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序盤2分、東芝は22メートルラインの内側に攻め込んで立川選手が相手の裏に出て最後は宇薄選手がトライ。10分にはスクラムからリーチ選手が大きく回り込んでトライ。その後も東芝の攻勢が続きます。前半神戸が東芝陣に大きく入ることは、2,3回程しかできませんでした。ただ、少ないチャンスできっちりペナルティーゴールを2回決めて前半は東芝14-6神戸で折り返します。

後半も先手を取ったのは東芝で9分に左ゴール前のスクラムを押し込んでトライ。

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スクラムで優位の東芝がこのまますんなりと行くかと思われたのですが、神戸の反撃にあいます。
結局東芝は37分にスクラムでの神戸の反則で認定トライをとって逃げ切りました。
先週の試合からヒル選手のプレースキックのあたりが良くありません。試合前もルーチン通りに練習していました。

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練習では高い弾道のボールでしたが、試合では低い弾道になっていました。次週からあたりを取り戻してほしい。

前日の花園での近鉄vsキャノン戦でも認定トライがありました。以前は認定トライをとるのに何回もペナルティーを取って時間ばかり過ぎていましたが、前日のレフェリー大槻さん、そしてこの試合の麻生さんは反則2回でとりました。グッドジャッジだと思います。

神戸製鋼は4年ぶりのプレーオフ進出が決定しました。試合前に5位のヤマハとは勝ち点差が15あり、まだ並ばれる可能性はありましたが、得失点差100点以上ありましたので事実上プレーオフ進出は決めていました。
この試合、フォーンが鳴ってからも攻め続け勝ち点1をもぎ取りました。神戸の“意志”を感じました。サントリ-、パナソニックと続くだけに事実上プレーオフ進出を決めていたとはいえ、次戦以降気持ちが楽になったのではないでしょうか。

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関西旅行から帰宅しました

14日の大阪・河内の翌日15日は花園ラグビー場でした。

16日は、尼崎の寺町を周ってから神戸のホームズスタジアムでラグビーの応援でした。神戸製鋼との対戦試合では、鹿児島で負け、去年もホームズスタジアムで負け、遠征で私が行くと負けていたのでようやく連敗に終止符を打ちました。

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暖房があって観客思いの施設です。

ラグビーが終わって中華街へ、人々・・・・、人が食べるのを見ていると私の小腹も空いてきて・・・・食べちゃいました。

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そしてルミナリエへ、人々・・・・

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神戸市役所の展望台に登り、もう一度ルミナリエへ。またまた人々・・・・、そしてお酒をいただいてホテルでバタンキュ、ブログを更新できませんでした。

今日17日は、新大阪の駅が変身したというので見て回りました。

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天にすいこまれるようなこのエスカレーターに乗って見ました。大阪の人の流れは変わったのでしょうか?インパクトあるスポットです。そして伊丹空港から帰宅しました。

明日もパソコン教室と夜は中野でオ・サ・ケ、ブログ更新できるかなあ?

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オークション詐欺と芸能界

ペニーオークションというオークションのサイトがあることは、この度のニュースで初めて知りました。
入札のたびに課金がかかるなんて、こんなバカな仕掛けに引っかかるというのはあまりにも軽率です。
とはいえ、この詐欺のお先棒を担いだ芸人、タレントの社会的責任は大きいです。「軽率だった。謝罪します。」という程度の話ではないでしょう。「頼まれて」とか、責任逃れ的な発言にも腹が立ちます。
NETにかかわる犯罪に対してもっともっとしっかりとした意識を持つことが必要です。やすっぺらなタレントにもご注意です。

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ラグビー(´12-13)第11節 パナー九電、近鉄ーキャノン

パナソニック 76 ー 35 九州電力

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大阪・花園ラビー場は雨も上がり、12月とは思えない温暖な天気でした。
前半だけでパナソニックは7トライ。対する九州電力はモールを押し込んでの1トライで、前半を終わって50-7と前半で勝敗の興味はなくなりました。
こうなるとパナソニックのモチベーションの維持も難しいです。後半は九州電力に、ラインの裏に蹴られてトライを許す場面が繰り替えされ九州電力も後半だけで4トライ。ボーナスポイントを得ました。

近鉄 44 - 39 キャノン

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開始早々の3分に近鉄は連続攻撃から森田選手が左にトライ、6分にリコ・ギア選手が左隅にトライをあげ12-0とあっさり点を取りました。キャノンも12分に敵陣ゴール前のスクラムを起点にソンゲタ選手がトライします。16分にペナルティーゴールを決めた近鉄は23分左サイトを攻め上がって高選手が左隅にトライをあげ前半を22-10で終えます。
後半立ち上がりの2分、前半のビデオテープを見ているような感じで近鉄の森田選手が左隅にトライをあげます。キャノンは前半、後半とも試合の入りがともかく悪いです。点差は接近してましたが、終始近鉄がリードします。44-33でむかえた39分に近鉄のペナルティーからゴールを狙い成功させ44-36とボーナスポイント2点目を得、ラスト1プレーにかけましたが近鉄に逃げ切られました。

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大阪・河内の史跡めぐりでした。

楽しかった英会話教室の忘年会を終え、夜行バスで大阪にやってきました。バスは3人掛けでゆったりしていたのですが、私のすぐ後ろが外国の女性・・・・その後、言葉でロシアの女性かと・・・・で、ほっそりとはしていましたが、それなりに大型の女性でしたので、たっぷりと椅子を倒すわけにはいかなくて、ちょっと気づかいをしました。京都で彼女たちが降りてから100%椅子を倒してみたら、「こんなに楽だったのか!」・・・・こんなこともあります。

121214a2 (写真は皆さん降りてから撮影しましたのでリクライニングをしていない状態です。)

それでも元気に大阪の河内を巡りました。さながら墓参の一日でした。極めて珍しい形の古墳、被葬者のわからない古墳も多数めぐりそして・・・・・・
敏達天皇陵、推古天皇陵、伝小野妹子の墓、孝徳天皇陵、用明天皇陵、聖徳太子廟、源頼信の墓、源頼家の墓、源頼義の墓

近つ飛鳥博物館・・・・・大阪にも飛鳥があるのです。良い博物館です。
竹内街道歴史資料館は小振りではあってもまとまった良い資料館です。

明日は花園ラグビー場です。

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(写真は聖徳太子廟です。)
写真では何回も見ていますので、視界に入ってきたときは、初めて来たのに「懐かしく感じて」しまいました。

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実践女子大英会話教室 忘年会

昨日はパソコン教室の講師による忘年会でした。
そして今日は、英会話教室の忘年会でした。

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楽しく、会話が弾んでいます。now

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十二月大歌舞伎 新橋演舞場

昼の部
御摂勧進帳(ごひいきかんじんちょう)
 暫
 色手綱恋の関札
 芋洗い勧進帳

題名でわかるように義経の逃避行物語です。安永2年(1773年)初演されたものを二百年振りで昭和43年に復活上演された作品です。お芝居の中で三越のコマーシャルが出てきます。元々歌舞伎は江戸時代の最大娯楽で宣伝効果抜群でした。演劇中に店の宣伝が出ることは全く不自然ではありません。250年前のオリジナルの台本で三越の名があったのでしょうか?だとしたら宣伝料は安くなります。そちらの方が気になりました。

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夜の部
籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)
奴道成寺(やっこどうじょうじ)

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籠釣瓶花街酔醒は、享保年間に起きた遊女や周囲の人が殺された事件がモデルになっています。吉原でのしきたりなどが良くわかります。菊五郎さんの表情の暗転の表現がさすがです。菊之助さんの女形は本当にきれいです。

奴道成寺は三津五郎さんの舞踏です。おかめ、ひょっとこ、お大尽のお面を早変わりでかぶり男、女の所作を見事に踊りで表現していました。三津五郎さんの踊りの表現の豊かさが伝わってきました。

劇場の正面に飾られる歌舞伎絵の絵師鳥居派九代目の鳥居清光さんは女絵師であることをテレビの番組で知りました。74歳だそうですが、後継者がいないと伝えていました。どうなっちゃうのでしょうか?

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歌舞伎座が更に姿を現しました

今日は、新橋演舞場で、歌舞伎を昼の部、夜の部を通して見ました。1日中お芝居を見ていても疲れなくなってきました。昼の部と夜の部の間に恒例になった新歌舞伎座を外から見学です。

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神社があった右サイドはほぼ外観が現れました。
歌舞伎座の屋根の上に屋上庭園が造られます。植栽がすでに始められています。完成して外観で一番違ってくるのが、屋根の上に木々が見られることでしょうか。

そして正面に提灯が掲げられた姿が現れました。

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「勘三郎さんは無念だっただろうな」と、あらためて思いました。

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第7回防災隣組

昨日は防災隣組の会合がありました。
自主防災会の備蓄と備品の不足を指摘し文章で上程することにしました。自主防災会の備えは、大概「適当」です。
なぜなら、
“何が起きるのか、どうなるのか”→
“その時、誰がどうする”→
“その時必要なものは何か?従って足りないものは何か?”
の順序で物事を考えべきところ、そもそも“何が起きるのか、どうなるのか”が明確にイメージできていないからです。
防災隣組ではこの順序で20時間ほど検討してきました。一般的に自主防災会の活動が低調なのは、「何をしていいのかわからない」からなのでしょう。防災の啓蒙を含めて、防災隣組がやるべきことはまだまだたくさんあります。

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府中ダービーにサンタさん登場&ヤマハの選手カード

8日の味の素スタジアムでの府中ダービー(東芝vsサントリー)にフィンランドからサンタさんが来て、シェイクハンズのイベントに参加しました。

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ムーミンのポストカードをいただきました。

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試合ではキックオフのボールをセンターへ届けました。6,700人の観客に手を振ってこたえていました。

前節9節でヤマハの選手カードを貰いました。

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境川選手と井本選手です。

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ラグビー(´12-13)第10節 東芝vsサントリー

東芝 14 - 15 サントリー

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前半、東芝が終始攻勢でサントリー陣でほとんど試合を進めました。しかし、サントリーの防御は硬くボールを回している東芝の方が人数が少なくなる場面が何回かありました。サントリーが東芝陣へ大きく攻め込んだのは2回だけでしたが、その2回とも得点をあげました。18分に連続攻撃から長友選手がトライ、45分にはペナルティーゴールを決めます。これは終了のホーンが鳴ってからも東芝が攻め続け、これをターンオーバーして上げたものでした。東芝はシンビンで一人少なかったので無理することはなかったのでしょうが、結果論でしょうかね。
後半も押し気味なのは東芝でした。21分オープン攻撃から最後仙波選手が右にトライをあげ14-10と逆転します。しかしサントリーは27分に小野沢選手が左隅にトライをあげ14-15と逆転してそのまま逃げ切りました。
東芝はペナルティーゴールを3本外したのが痛かった。

東芝の大野選手、マイケルリーチ選手は濃いひげがトレードマークですが、

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サントリーのジョージスミス選手も“熊五郎”状態でした。

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今日の実践女子大英会話教室“電車の上りと下り”

タイトルはいつものように“今日の”になっていますが、昨日の英会話教室は、あらためて各自の紹介から入りました。さらに交通機関の使い方・案内をおさらいしました。
「電車の上りと下り」の表現があるのか?質問しました。
質問した訳は、ロンドンに一人で旅行した時に・・・・・ビートルズのあの横断歩道へ行ったのです・・・・・東京のような複雑な地下鉄の乗換駅で、乗り換えるべきホームを聞いたのです。通路をいくつか通ってホームに行ったのです。ここまでは良かったのですが、ホームのどちら側の電車に乗って良いのかわかりません。主な行き先は書いてあります。これは東京と同じです。しかし小さな駅は書いてありません。外国人も東京に来て、自分の行きたい駅が書いてないとがっかりするだろうなと気持ちがわかりました。地下鉄銀座線でいえば「上野、浅草方面」と書いてあっても末広町に行くのかわからないのと同じです。
乗り換え駅のプラットホームで路線図を見て駅を探して時間がかかりました。苦労しました。「“上り、下り”という言葉があれば便利なのになあ」と思ったものです。

日本全国、東京駅に向かう電車が上りですが、それに相当する駅が外国にはあるのか?そもそも上り、下りという言葉があるのか?ちょっと疑問に感じていました。市の中心方向に向かう、逆に郊外に向かう。そんな表現はあるのだろうと質問した訳です。
質問を受けたBindya先生が意外な顔をチョットしました。たぶん「上り、下り」の良く使う単語を知らないのを意外に感じたのかもしれません。

答えは“上りが inbound”“下りが outbound”です。聞いてみれば簡単。でも知らなかった。

来週は英会話教室の忘年会です。

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忍城水攻めの石田堤 

1590年、豊臣秀吉の北条・小田原城攻めの一環として石田三成を総大将として忍城を水攻めにしました。今はさきたま古墳公園として整備されている丸墓山古墳に本陣を置きました。

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家康嫌いの三成好きの私としては、ここに三成がいたと思うと嬉しく思いました。古墳の上からは忍城が良く見えます。

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この櫓は作りものですが忍城の位置に間違いはありません。

三成が水攻めした時に築いた堤防が丸墓山古墳に至る通路として使われています。

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“三成の堤”を示す石碑が立っています。

続きを読む "忍城水攻めの石田堤 "

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忍城址(埼玉県行田市)

石田三成が水攻めをしたことで有名な忍城ですが、残念ながら殆ど旧態を留めていません。この櫓は郷土博物館の一部ですが、江戸時代にここに建っていたものを復元したわけではありません。

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お城の復元と云えば、資料をもとに残っている石垣の上に現代の技術で作る例が多いのですが、櫓も橋もここにはありませんでしたし、門もありませんでした。

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(忍城今昔地図)で見ると、写真は地図の+印のところから矢印方向を撮ったものです。お城に似せた公園を新たに作ったといったほうが適切だと思います。
駐車場の南側に僅かに本丸の土塁が残っています。

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これこそが忍城の数少ない遺構の一部ですが、気付かない方が殆どだと思います。
駐車場に石垣の石の一部があります。

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この数個の石は江戸時代の櫓の石垣との説明がありました。背後の塀は作りものです。
駐車場の南端に門があります。

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旧城下の武家の門で、藩校の門として使われたという伝承があるそうです。

お城は江戸時代に大改修されていますが、その時代の面影さえないのですから、三成に攻められたときに耐えて浮き城といわれた面影は、もう昔の地図で想像するしかありません。

ですが、郷土博物館の展示そのものはとてもよかった。

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勘三郎さんを悼む

ちょっと早すぎです。週刊誌で病状がかなり深刻だとは伝えられてはいましたが、きっと復活してくれると信じていましたが・・・・・・・、
私のような素人歌舞伎ファンから見ても、勘三郎さんほど幅の広い役を演じられる役者さんは見当たらない気がします。代ることが出来る役者さんが思い当りません。
勘九郎の印象が強かったのですが、ようやく勘三郎さんの名前がしっくりきはじめて来ました。これから勘三郎としてさらなる活躍が期待されていただけにご本人も無念だったでしょう。歌舞伎ファンとしてもとても残念です。
ご冥福をお祈りします。

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日本はプールB ’15ラグビーワールドカップ

ラグビーワールドカップの組み分け抽選が行われました。日本はまだ出場を決めているわけではありませんが、アジアでは敵なしですので事実上アジア1のプールBで決定したといってよいでしょう。

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プールBは、南アフリカ、サモア、スコットランド、日本、それにアメリカかカナダです。カナダと3大会連続対戦の可能性があります。

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過去のワールドカップでの対戦成績は、
南アフリカとは初対戦です。
サモアとは1度、9-43で負けています。(第4回)
スコットランドとは、2敗 8-52(第2回) 11-32(第5回)
アメリカなら1敗 23-39
カナダとなら2大会連続引き分け
日本のワールドカップの成績は、第2回にジンバブエに52-8で1勝しただけですから、過去の成績とはおさらばして新しい歴史を作って欲しい。まずは1勝して欲しい!!!そこからです。

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IRBのホームページで中継終了間際まで、プールBと共にプールDにも”アジア1”が入っていました。一大イベントでポカミスでした。緊張して画面を見ていた私も「早く直せ」と気が気ではありませんでした。

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群馬ラグビー観戦(+歴史)旅行から帰宅

10月に群馬県立博物館に行った時に、太田市にある金山城址のジオラマが置いてあって興味深かったのでぜひ行ってみたいと思い、2泊で計画を立てて行ってきました。

11月30日 忍城址(行田市郷土博物館)
12月1日 妻沼聖天山(熊谷市)→ラグビー応援
12月2日 金山城址(大田市)→ラグビー観戦→石田堤→埼玉古墳

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忍城址に行ってわかったのですが、今上映中の「のぼうの城」は石田三成の忍城水攻めが舞台のようですね。テレビのコマーシャルではそのようなシーンは出てきませんでしたので知りませんでした。

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妻沼聖天山は、修復が成って今年国宝に指定されたことはニュースで知っていました。“日光東照宮の小型”ぐらいに思っていましたが、どうしてどうして見どころ満載でした。平家物語で一番好きな話の「斉藤別当実盛」から始まるとは、これまた知りませんでした。

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金山城址は、期待以上で“百名城”に入っています。なるほど納得です。(ただし、私は百名城といった数合わせそのものには関心はありません)
本丸の紅葉、黄葉はきれいでした。

何れもあらためて別稿で詳しく書きます。

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ラグビー(´12-13)第9節 パナソニックvsトヨタ in太田

パナソニック 40 - 17 トヨタ自動車

風もなくラグビーには好条件でした。

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小鳥が一羽スペースを見つけて試合中飛び回っていました。

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スクラムで優位に立ったパナソニックは、ディフェンスでも前に出て止めます。ペナルティーゴールで先制したパナソニックは前半12分にリスタートのキックオフを受けたバツベイ選手が右サイドラインに50メートル程ゲインし、左に振って笹倉選手がトライし、10-0。19分にトヨタのキックをレシーブしてカウンターアタックから最後飯島選手がトライ。さらに21分にセンター付近で劉選手がインターセプトし、そのまま走り切って,22-0と大きくリードします。パナソニックはハイパントを多用し安易にタッチは切りません。
トヨタは26分に相手陣5メートルに入ったところでペナルティーを貰い、長いキックをブレット選手が決め、32分にオープン攻撃から小澤選手が右にトライし22-10と反撃して前半を終えました。

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後半ペナルティーゴールで加点したパナソニックは、17分にキックレシーブからカウンターアタックからトヨタゴールに迫って、最後ラックサイドを田中選手が抜けてトライ、ゴールも決まって32-10と22点リードしたところで試合はほぼ決まりました。この後、田中選手は「お役御免」と退きましたが良い動きをしていました。

レフェリーの戸田さん、巻き込まれて足首と胸を抑えていました。

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客席から「残り30分頑張って!」の声がかかると、手をあげて応えていました。

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ふれあいタイム in熊谷ラグビー場

東芝vsヤマハ戦の試合後、ファンはピッチに入って選手と“ふれあいタイム”

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日本代表のヨーロッパ遠征組も疲れをものともせず試合に出場し、ふれあいタイムにももちろん参加です。
エディー・ジョーンズヘッドコーチが、“100%男”と評した大野選手に長い列

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試合前の”シェイクハンズ”は、秩父宮と違って時間前に締め切られるということはありませんでした。

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増田選手 鮮烈デビュー (東芝ブレーブルーパス)

CTB・13番として12月1日の熊谷ラグビー場で行われたヤマハ戦で東芝の増田慶介選手が鮮烈なデビューを飾りました。

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強烈なタックルで相手を一発で倒して「増田コール」も起こりました。

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黒いヘッドキャップの13番

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後半23分に初トライ。結果的に決勝トライにもなりました。

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ラグビー(´12-13)第9節 東芝vsヤマハ in熊谷

東芝 17 - 14 ヤマハ

風上に向けて蹴ったボールが途中で失速する強い風が吹いて中、風下の東芝がボールを支配する時間が長く、ヤマハ陣内に攻めますが、ミスと反則でトライにまでは行きませんでした。28分にヤマハはスクラムで再三のコラプシングでシンビンとなります。ここでヒル選手が正面のペナルティーキックを決め、前半は3-0で東芝がリードして終えました。

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(写真 再三のコラプシングに麻生レフェリーがヤマハの一列に警告。この後の反則にシンビンが出ました)
点差こそ少ないものの強い風下でスクラムで勝った東芝が後半圧倒するものと思ったのですが、強い風が前半30分ごろにほとんど収まりました。

それでも後半も東芝が優勢です。ヤマハは再三のオフサイドで、反則の繰り返しでシンビンとなります。その直後の5分に吉田朋生選手が正面近くにトライ、23分にはトップリーグ初出場の増田選手が左中間へメモリアルトライをあげ17-0とリードします。
残り10分でも17点差あり、東芝の快勝かと思われたのですが、

121201a4ここからヤマハの反撃が始まりました。30分に左ゴールポストの外側にトライをします。
さらに33分にはゴロキックを左隅で押さえてトライ。このトライは判りづらかった。アシスタントレフェリーに聞きに行った麻生レフェリーが両キャプテンを呼んで何やら説明してからトライのコールをしました。説明後のトライ認定とは?、ヤマハの中園選手は説明の間、自陣に引き上げるとき「トライしたんだ。」と、独り言のようにつぶやいていました
残り5分、攻め込んだ東芝にヤマハが切り返して最後はヤマハのキックしたボールを廣瀬キャプテンが確保してノーサイドになりました。終わってみれば東芝の辛勝でした。

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