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東勝寺跡、高時腹切りやぐら(鎌倉の史跡)

1333年の鎌倉幕府滅亡の最後の舞台となった東勝寺の跡です。北条高時以下北条一族、家臣が自害しここに鎌倉幕府は幕を閉じました。121124e1
寺院跡として、法華堂跡、永福寺跡と並んで世界遺産の“重要な要素”に指定されています。発掘調査は済んでいます。今後この地はこのままなのでしょうか。

東側の谷奥の山肌に穴をあけ、埋葬施設とする鎌倉独自の“やぐら”と呼ばれるお墓があります。

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高時腹切りやぐらと呼ばれています。当たり前ですが、高時は寺院の中で自刃していますので、ここで高時が自刃している訳ではなく、知らない人が聞いたら誤解してしまいます。以前は地名を取って“葛西がケ谷やぐら”と呼ばれることの方が多かったような気がします。そのほうが好いのではないでしょうか。ちなみに“谷”は“ヤツ”と呼びならわします。

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