« ”武家の古都・鎌倉”展と大仏デザイン五百円硬貨 | トップページ | 勝長寿院跡(鎌倉の史跡) »

永福寺<ようふくじ> 跡(鎌倉の史跡)

鎌倉と云えば、頼朝、頼家、実朝の源氏3代が思い浮かびますが、残念ながらこの時代の遺跡はとても少ないのです。その数少ない遺跡の一つが“永福寺跡”です。史跡公園になる計画は何十年も前からありました。期待もしていました。そして今回久しぶりに訪れて驚いてしまいました。堂塔跡に基壇を作る工事中でした。そのことは予期していたことでしたが、なんと庭池の半分ほどが復元ではなく平らに整地されベンチまでしつらえられていました。工事中ですので、中に入ることはできませんでしたが、復元というのは破壊なのだと見せつけられた感じです。

121124b1

5年前の写真です。

121124b2

池の汀の石が残っていました。畠山重忠が据えた中島の岩もありました。実朝がここで詠んだ歌です。
  「春待ちて霞の袖にかさねよと霜の衣をおきてこそゆけ」
せめてこの歌の雰囲気を残して欲しかった。

永福寺跡に関しては、CGも使った次のサイトの解説がわかりやすいです。http://www.shonan-it.org/yofuku-ji/index.html

世界遺産登録へ向けて追い込みに入っているようですが、複雑な気持ちです。

(現所在地 鎌倉市二階堂字三堂 平泉・中尊寺の二階大堂にならって永福寺が建立されたことが地名として残っています。)

関連記事(11月25日付)
勝長寿院跡(鎌倉の史跡)
源義朝の墓(鎌倉の史跡)
源頼朝の墓(鎌倉の史跡)
東勝寺跡、高時腹切りやぐら(鎌倉の史跡)
”武家の古都・鎌倉”展と大仏デザイン五百円硬貨

|

« ”武家の古都・鎌倉”展と大仏デザイン五百円硬貨 | トップページ | 勝長寿院跡(鎌倉の史跡) »

歴史・史蹟」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 永福寺<ようふくじ> 跡(鎌倉の史跡):

« ”武家の古都・鎌倉”展と大仏デザイン五百円硬貨 | トップページ | 勝長寿院跡(鎌倉の史跡) »