桜田門外の変の関鉄之助の墓(小塚原刑場跡回向院)
桜田門外の変の現場指揮官の関鉄之助の墓が南千住の回向院にあります。
安政の大獄など幕末の志士らは伝馬町で斬首され、遺体が小塚原刑場に送られて埋葬されました。当時は重罪人ですので無縁として扱われ、墓などは建てられませんでした。回向院が埋葬する際「標石」を置いてだれの遺骸かわかるようにしていました。後に赦免されると彼らは藩士でしたので、国許へ改葬されてゆきました。関鉄之助もお墓は水戸市にあります。回向院にある墓は、記念墓と呼ばれています。

関鉄之助のお墓です。遺墓と刻まれています。明治になって勲位が贈られています。

関鉄之助の妾・滝本いののお墓
関鐡之助妾伊能遺墓(能は旧字体)と刻まれています。
彼女は井伊大老襲撃とは関係ありませんでしたが妾であった為、関鉄之助の逃亡先など幕吏から激しい拷問を受けて亡くなります。23歳でした。
関鉄之助は郷里に改葬され、明治政府から顕彰され勲位を追贈されました。己の信念を貫いた生きざまはそれとして、いのの人生はあまりにも哀れです。まさしく彼女こそ犠牲者です。お墓があることに少し安らぎを感じました。

関鉄之助の墓(赤矢印)は他の水戸浪士の墓と並んでいます。いのの墓(黄矢印)とは少し距離があります。仕切りを隔ててのこの距離が、私には何とも言えない微妙な距離に感じられました。(1月28日)
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