ザビエル上陸地・祇園洲砲台・薩摩軍港(鹿児島の史蹟)
鹿児島の史跡巡りは、3年振りでした。
祇園洲砲台
3年前に行った天保山砲台に続いて薩英戦争時の砲台の祇園洲砲台を訪れました。
天保山砲台は台座の一部が残っていますが、こちらは現在公園として整備されており、台座がどこにあったのか明確ではありません。
外周の一部と思われる石塁が30メートルほど残っているのみです。
天保山砲台跡はこちら→http://try14.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-f88f.html
公園内にある薩英戦争記念碑。
生麦事件をきっかけとしてイギリス軍艦から砲撃を受け、鹿児島の街は焼失するなど大きな被害を受けましたが、人的被害はイギリスの方が多く、結果として薩摩藩に対するイギリスの評価が高まった戦争でした。
砲台が歴史的使命を終えてこの地は西南役の官軍の墓地となっていましたので西南役の官軍慰塔もあります。
付近の史蹟として、
薩藩水軍港跡の石碑が春日神社にあります。江戸時代初期に甲突川河口に移るまではこちらに港がありました。今はすっかり陸地になっています。
またザビエル上陸記念碑が海岸近くにあります。この付近一帯が港だったということなのでしょう。5、6メートルはある立派な記念碑ですが、ここへ来る人は多くはないでしょう。すぐそばに「我は海の子」の歌碑もあります。作詞者が薩摩藩士だったそうで、歌われた情景は鹿児島の海だそうです。
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