赤穂浪士・寺坂吉右衛門の墓その1
映画“最後の忠臣蔵”で寺坂吉右衛門が主人公の一人になっているようです。(見たいと思っているのですが、まだ見ていません)
寺坂吉右衛門は吉良邸討ち入り後、一行と行動をともにせず、切腹しておりません。その行く末とお墓については興味深いものがあります。
まず、東京の泉岳寺に赤穂義士47士として寺坂吉右衛門のお墓があります。ただし遺骨は納められていません。切腹した他の義士は、遺体を引き取られた1人以外は遺骨が納められています。戒名にはそれぞれ“刃”と“剣”の二文字を含んでいます。しかし、寺坂吉右衛門の戒名は“遂道退身信士”となっていて“刃”と“剣”の二文字ははいっていません。
泉岳寺の吉右衛門のお墓です。
吉右衛門のお墓は、幕末の慶応4年の6月に建てられました。上野の彰義隊の戦いが前月の5月、会津若松の戦いが8月、明治に元号が変わったのが10月と云うそんな幕末の動乱のさなかのことです。討ち入りから160年以上経って建てられたという事情が戒名にあらわれています。
一番左が吉右衛門の墓です。ようやく同士並ぶことができました。
(その2に続く)
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