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愛宕神社(東京・芝)

20090922b 行こう、行こうと思っていてなかなか行くことがなかったのが芝の愛宕神社でした。ようやく行ってきました。30メートルほどの小高い所です。今は周囲に高いビルが林立していますが。かつては江戸市中が一望のもとに見渡せたでしょう。幕末に西郷隆盛と勝海舟が三田の薩摩藩邸での会見の前にこの地で会談しています。ここから見た江戸の町の印象がこの町を戦火にさらしてはいけないという判断に大きく影響したことが想像されます。
20090922a 愛宕神社は、西郷・勝の会見の地という以上に、私の頭の中では桜田門外の変で水戸の浪士が井伊大老を襲撃する前の集結地です。本殿前に“桜田列士愛宕山遺蹟碑”が建っています。彼らの思いとは別に歴史を見通せる目は井伊大老に到底及ぶものではありません。このような顕彰碑が建っているとは思ってもいませんでした。建てられた年が皇紀2601年と刻まれていました。皇紀で立てられた年がすぐにわかる私ではありません。帰宅して調べたら昭和17年でした。太平洋戦争開戦の翌年です。戦果が喧伝される中、6月にはミッドウェィ海戦の大敗北があり、国民にどの程度この事実が伝えられていたのか?・・・・・碑の建立にも歴史的背景があることをあらためて認識させられました。
20090922c 参道の階段は急傾斜です。手すりにつかまりながら降りてゆく参詣客がいます。この階段を三代将軍家光が「だれか馬で登れるものはいないかと」と声を掛け、なかなか現れないと不機嫌になったそうです。独裁者なんて勝手気ままなものです。ようやく現れたそうですが、独裁者の目に留まるのは命がけです。

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