高槻城とキリシタン大名
高槻城を訪れたのは5月2日でした。最初の写真は城主だったキリシタン大名・高山右近の銅像と石垣です。が、お城はほとんど原形を留めていません。明治に鉄道敷設のためお城の石垣を使ったため、学校など公共の建物があるだけです。この石垣も城跡の一角に作られた公園です。掘り出されたお城の石を使って作られたそうです。城内にあった天主教会堂は路傍の石碑のみです。“しろあと歴史館”にはキリシタン墓地から発掘された木製のロザオが展示されています。
高山右近が城主の頃、領民の7割以上はキリシタンだったそうです。右近はその後明石へ転封になり、改宗をせず大名の地位を追われ、更に、徳川家康によって国外追放となり、追放になった翌年マニラでなくなりました。お城は江戸時代幕末まで永井氏の居城となりました。
駅から城跡への途中、カソリックの教会があり右近の顕彰碑と像があります。右近の空気があるとしたらここかもしれません。
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