防災士としての原点
今日、帰宅したところテレビが津波警報を伝えていました。私は防災士なんです。防災士とは何ぞやという事はあらためて述べるとして、子供の頃津波を体験しました。東京オリンピックの年の6月に新潟地震がありました。地震で昭和大橋が落ちました。我が家は橋の袂に位置してました。「津波だ!」の声で川を見ると川の底が見えるほど水が引いて行ってました。下流を見ると水が直角に逆立って、まるで「水のツイタテ」でした。津波の脅威はテレビ画面ではなかなか伝わらないものです。(津波と波はまったく別物です) 昭和大橋より下流は、地震で護岸が崩壊し津波が来る前にすでに浸水してましたし、我が家のあたりでは護岸を軽々と川の水が越えてきました。(津波が川をさかのぼってきたのです)地震は、私たちの生命財産を守ってくれる施設を先に破壊してしまうということを身をもって知りました。護岸は津波には無力でした。落ちた橋は国体に合わせ、わずか1週間ほど前に完成したばかりで開通式さえしておらず、国体の開会式を終えた昭和天皇が通った橋でした。(左の写真 手前の橋が落ちた橋 。右の写真 丸太は津波で下流から押し上げられてきた
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