縮景園(広島旅行8)
城主浅野家の別邸として築かれた庭園です。いわゆる大名庭園です。すばらしい庭園です。庭園にこうした表現はそぐわないかもしれませんが「絶品」です。日本三名園にはその規模は及びませんが、この縮景園の方が数段すばらしいです。舟泊もあり是非味わってもらいたいお薦めのお庭です。
回遊式です。途中“腰掛石”がありました。お殿様が腰をおろした石です。私も腰をおろし、しばしばお殿様気分を味わいました。扇子を持っていればなお良かったのにと思わずにはいられませんでした。
市内なのに庭のここかしこにカニが動き回っていました。この庭園も原爆の被害を受けています。建物は戦後の復元ですし、園内から原爆犠牲者の遺骨が発見されましたが、それでも広島の旅の最後に少し気持ちが落ち着ける空間と出会いました。
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毛利輝元により築かれた広島城は平地に建てられています。(平城) その上、石垣があまり入り組んで作られていなくて四角形に近い城域ですので、一見堅固な城のようには見えません。規模の違いを別として、二条城、米沢城に近い印象を持ちます。ですが、堀の幅の広さ、そして三角州の中ですから川筋が幾重にも城を囲んでいますので見た目以上の防御力を誇っていたのでしょう。
私の誕生日のお祝いにと、娘の嫁ぎ先の実家から胡蝶蘭をいただきました。


平和記念公園そのものが原爆で全滅した町の跡ですから、公園内を歩いている自分の足の下が焦熱地獄の地面だったと思うとつらい気持ちになります。
毎年、原爆戦没者慰霊祭が行われる平和記念公園ですが、テレビで式典の様子がニュースなどで映し出されます。式典の進行に関心がいってしまいますが、元々日々の生活がある町だった所だったのですね。




私は異変を知っていましたが、少し離れた観客はギルフォード選手がスタンドに上がってきた事情を知らず、サイン帳を差し出しました。ギルフォード選手がこのような事情にもかかわらずサインをしました。この光景が強く印象に残っています。
会場で無料で配布されていたのが読売新聞の特集号で、NZが80勝32敗4分けの対戦成績などが紹介されていました。デイリィーヨミウリの英語版も発行されていたのかと思ったのですが、日本語版と英語版が表裏になっていました。
試合後の表彰セレモニーでオールブラックスキャプテンのリッチー・マコウがカップを授与され高々と掲げ、選手が応援に応えるためバックスタンに向かい、何人かの選手がサインに応じていましたが、私が驚いたのは、この日の試合に出なかったリザーブの選手やおそらくリザーブにも入らなかった選手でしょう、セレモニーに目をくれることなく黙々とボールを回していました。最終戦ですので全員がセレモニーに参加して喜びを共有するのが普通?と思っていました。
この2枚の写真は同時進行で行われていました。
オールブラックスは後半5分にコンラッド・スミス選手がステップを切りワラービーズのバックスをかわして右にトライを決め再逆転します。この後はPGで得点を重ねてゆきます。ワラビーズもオールブラックスの22ml内に攻め込みますがゴールラインを割れません。残り時間4,5分で10点リードしてペナルティーをもらったオールブラックスはペナルティーゴールを狙いました。残り時間と点差からトライに取りに行くと思ったのですがPGでまさにとどめを刺しに行きました。勝ちにこだわる執着心は、私の想像を超えていました。結局オールブラックスがリード保ったまま試合が終わりました。

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